『「徒然草」の知恵』1

<『「徒然草」の知恵』1>
図書館で『「徒然草」の知恵』という本を手にしたのです。
NHKの連続番組で著者の古典紹介を観たが、なかなかのもんやでぇ♪


【「徒然草」の知恵】


嵐山光三郎著、集英社、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
データなし

<読む前の大使寸評>
NHKの連続番組で著者の古典紹介を観たが、なかなかのもんやでぇ♪

amazon「徒然草」の知恵


まず「はじめに」を、見てみましょう。
p3~5
<はじめに:ジョブズは『徒然草』を読んでいた?>
 スティーブ・ジョブズの伝記には、名言がつぎつぎと出てきます。「一つの仕事を成し遂げるためには他の人生を棄てよ」とか「何をするのではなくて何をしないかが大切だ」、さらに「死んで天国へ行ける保証はないが、だれひとりとして死から逃げられない」「死に近づきつつあると知れば、やりたいことができる」など、人間が生きていく上での覚悟が、つぎからつぎへと格言集のように出てきます。

 ジョブズは、大学を中退してアップルコンピュータ社を設立したものの、30歳で追い出され、41歳で暫定のCEOに復帰しました。強烈な個性で波乱万丈の生涯を送った稀代の風雲児56年の生活でした。ジョブズは理想論を説きながらも、どこまでも現実主義者でした。

 きれいごとのお題目を唱えているだけでは人はついてきません。新時代に合った革命的商品を開発するために、従来の経営法則や人間関係の発想をぶちこわしました。そこにジョブズの真骨頂があります。この世は平等ではありませんし不条理の連続です。失敗を振り返りつつ今を生きていくしかありません。
(中略)

 ジョブズの頭から離れなかったのは「死」です。人は、だれでも死からは逃れることはできません。ジョブズは壁に体あたりして、つぎつぎと商品を開発しつつも、この世の無常に対峙していきました。49歳(2004)で膵臓ガンの手術を受けてからは、その意識は、いっそう高まりました。

 ジョブズの「伝記」を読みながら、「おや、これはどこかで読んだことがあるぞ」と、気がつきました。それは兼好の『徒然草』です。兼好は弘安6年(1283)ごろに生れ、ジョブズより約670年前の人です。朝廷に代々神祇官として仕えた卜部家の分家に生まれ、20歳前後から後二条天皇のもとに蔵人として出仕していました。しかし徳治3年(1308)、後二条天皇は(兼好が25歳のころ)この世を去りました。

 兼好が生れたころ、蒙古襲来という大事件が起こりました。蒙古が日本を攻めてきて、かろうじて撃退したものの、鎌倉幕府は、その後の対処の方法にいゆきづまっていました。京の町に悪党、天狗、妖怪が出るといううわさが出た時代です。動乱の時代で、これまでの価値観が崩れていきました。

 兼好は堀川大臣家の家司をしていました。家司というのは事務員と秘書をかねたような仕事です。堀川家の娘基子は、後二条天皇との間に皇子を産み、それが邦良親王ですが、博学であった兼好は、邦良親王の家庭教師的な役割りをしており『徒然草』は邦良親王が立派な天皇となるためのテキストとして書かれた、と私は考えております。『徒然草』の最初が教訓的なのはそのためです。

 しかし邦良親王は病弱で27歳で亡くなり、兼好は失業してしまいます。兼好は人間の無常を、はっきりと運命として受け入れ、「この世は無常であるから趣がある」と喝破しました。そこに兼好の理想主義的なものの見方があります。


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