『若い読者のための短編小説案内』5

<『若い読者のための短編小説案内』5>
図書館で『若い読者のための短編小説案内』という本を手にしたのです。
村上春樹が取りあげた作者、作品に、時代の古さが感じられます。


【若い読者のための短編小説案内】


村上春樹著、文藝春秋、1998年刊

<「BOOK」データベース>より
戦後日本の代表的な作家六人の短編小説を、村上春樹さんがまったく新しい視点から読み解く画期的な試みです。「吉行淳之介の不器用さの魅力」「安岡章太郎の作為について」「丸谷才一と変身術」…。自らの創作の秘訣も明かしながら論じる刺激いっぱいの読書案内。
【目次】
吉行淳之介「水の畔り」/小島信夫「馬」/安岡章太郎「ガラスの靴」/庄野潤三「静物」/丸谷才一「樹影譚」/長谷川四郎「阿久正の話」

<読む前の大使寸評>
借りたのは1998年刊の単行本である。
村上春樹が取りあげた作者、作品に、時代の古さが感じられます。
(表紙は2004年刊の文春文庫のものです)

rakuten若い読者のための短編小説案内


丸谷才一「樹影譚」の続きを、見てみましょう。
p181~183
 このあたりを読み進む限り、古屋は非常にリアリスティックで整合的な思考を重ねるタイプの人間であることがわかります。ものごとを曖昧にしておくことを好まないようである。いちいちいつこく論理でものを考えていく。

 しかし(3)の中で、古屋はだんだんその論理ペースを維持していくことに困難を覚え始める。彼は老女に招かれるままに、否も応もなくべつの世界(影の世界と言ってもいいでしょう)の中にひきずりこまれていきます。そして彼は、今までとは違うもうひとつの自分へと、存在をねじられていきます。そしてそのねじれをもたらす決定的な要因が、くだんの「樹の影」なのです。

 「影の世界」は古屋がこの舟木という旧家に足を踏み入れたときから、彼を少しずつ包み込んでいきます。こういうミステリアスな話の運び方がさすがです。読んでいて、こっちまでがその世界にずるずると引きずり込まれていくような感じがします。たとえば彼が通された部屋には巨大な仏壇がある。仏壇の扉が開かれ、明かりがともしてある。古屋は部屋に入るとまず仏壇を拝みます。

  老作家は仔細らしく鉦を鳴らし、恭しく一礼してから席について、挨拶をかはした

 とあります。これは僕なんかにとっては、ちょっと不思議な行為ですね。他人の家に上がって、相手と挨拶をかわす前に仏壇に手をあわせるというのは、すごく特殊なことのように思える。少なくとも僕には思いつけない。しかし古屋が育った環境=古き世界にあっては、これはあるいは普通の日常的行為なのかしれません。僕は思うのですが、古屋はこのときから既に、一種の「前近代」に足を踏み入れつつあったのではないでしょうか? 次にこんな一節も出てきます。

  ひょっとすると、この茶の間にはいり、仏壇に一礼したときから、東京の文士稼業の価値の体系がゆらりと傾き、それに代わるやうにして、幼いころの環境の掟が心を領してゐたのかもしれない。

「呪縛的なるもの」と言ってもいいかもしれない。要するに古屋が長年にわたって信奉してきた「リアリスティックで整合的な思考」とはまさに対極にあるものです。彼は決して「リアリスティックで整合的な」小説を書いてきたわけではありません。しかしそれを成立せしめるための地面として、「リアリスティックで整合的な思考」を必要としたのです。

 それを失ってしまえば、彼はそっくり丸ごと土着的呪縛の中に呑み込まれてしまうかもしれない。それは古屋には耐えられないことだし、古屋はおそらくそうなることを警戒しつつ生きてきたのでしょう。だからこそ彼は「引きずり込み」に対して必死に抵抗をする。

 ここからが老女と古屋との、差しの闘いになります。それは静かな闘いです。

(以降は、『若い読者のための短編小説案内』2による)


『若い読者のための短編小説案内』4:「阿久正の話」の続きp220~224
『若い読者のための短編小説案内』3:安岡章太郎「ガラスの靴」
『若い読者のための短編小説案内』2:丸谷才一「樹影譚」p183~185
『若い読者のための短編小説案内』1:長谷川四郎「阿久正の話」


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