『男子観察録』4

<『男子観察録』4>
図書館で『男子観察録』という文庫本を手にしたのです。
パラパラとめくってみると、ヤマザキマリの男を観察する目は、わりと硬派なんだなあ。
我が子を谷に突き落とすようなお母さんの薫陶を受けると、こんな娘になるのか♪


【男子観察録】


ヤマザキマリ著、幻冬舎
、2019年刊

<「BOOK」データベース>より
地球上、もっとも珍妙で愉快な生き物、それは男。ハドリアヌス帝、プリニウス、ゲバラにノッポさんに山下達郎さん。古今東西の男を見れば真の「男らしさ」が見えてくる?世界的、はたまた極私的目線で観察し倒す新男性論。

<読む前の大使寸評>
パラパラとめくってみると、ヤマザキマリの男を観察する目は、わりと硬派なんだなあ。
我が子を谷に突き落とすようなお母さんの薫陶を受けると、こんな娘になるのか♪

rakuten男子観察録


イタリアでの貧しい画学生時代が語られているので、見てみましょう。
p227~230
<セルジオとピエロ>
 私の母はなぜ油絵で生きていこうと決めた私に激しく意見してこなかったのだろう。なんでまたあんなにも簡単に、自分の娘を見ず知らずの外国に送り出したのだろう。親元からも故郷からも遠く離れて生きていく事が、こんなにも大変だと仄めかすこともなく。

 今から30年ほど前、細かい雨の降りしきるフィレンツェの街を、当てどもなく歩いていた私の頭の中は、そんな疑問で飽和状態だった。骨の折れた古い傘」と、水たまりでびしょびしょになった一張羅の皮の靴、床屋にも行けずに伸びた髪の毛先は雨に濡れそぼり、その有り様はとてつもなくみすぼらしかったはずである。

 ポンテヴェッキオを対岸のグイチャルディーニ通り方向へ渡ると、普段の私なら右に折れて、アカデミア美術学院のヌードデッサン科があったサント・スピリト教会の方へ進んでいく。しかしその日は、それまで知らなかった場所へ行ってみたい気持ちになった。雨などおかまいなしに楽しそうな様子の観光客の群を分けて、橋を渡りきった私はそのまま左に曲がって歩き続けた。
(中略)

 その場所は画廊というには如何せん惨めな佇まいだった。看板も出ていないし、曇ったガラスドアの枠のペンキの剥げ加減からも、そこに携わる人々の無関心さや経済力のなさが窺い知れた。

 暫らくそのドアの中を覗き込んでいると、狭い空間の片隅に座っていた、茶色のコーヂュロイのスーツ姿の中年男性と目が合った。私はそれまでその人の存在に気付かなかったが、彼の方は私がガラスドアの向こうに立ち止まった時から、こちらの様子をずっと見ていたのだろう。

 目が合った瞬間、椅子から立ち上がるとすたすたと近づいてきて、「雨も降っているから、どうぞ、中に入って見ていって。こう見えてもここは画廊なんですよ」と、ドアを引きながら、もの凄く優しい口調で私に声を掛けてきた。イタリアへやってきて2年近く経っていたが、そんな柔らかい声で話しかけられたのは初めてのような気がした。

 男性は近くで見ると、ガラス越しに感じた程の年齢ではなかったが、頬の片方にだけ彫り込まれたおばさん風のほうれい線が親近感を醸し出していた。

 アルゼンチンから亡命してきたセルジオというその人は、戦後のフィレンツェの文壇で活躍したピエロ・サンティという老小説家と、同じく政治的理由により亡命を強いられた姉と3人で一緒に暮らしており、自らも作家ではあるが、「ウパパ(ヤツガシラ)」という名前のその小さな画廊兼書店を細々と運営していた。ウパパは外観も中も薄汚れた寂しい佇まいの空間ではあったが、そこを訪ねてくる人達はフィレンツェの文壇や芸術界を担ってきた珠玉の文化人達であり、寒かろうと汚かろうとそこでは週に何度も、主催者であるピエロ・サンティを囲んで、興味深い集会が繰り広げられていた。

 そして私も、食料を買うお金もなく、帰りのバス代もなく、虚ろに雨の中を歩いている最中に偶然見つけたその場所へ、気が付くと足繁く通うメンツの一人になっていた

『男子観察録』3:「テルマエ・ロマエ」の発刊経緯
『男子観察録』2:日本人の特質
『男子観察録』1:とり・みきの解説



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