『若い読者のための短編小説案内』3

<『若い読者のための短編小説案内』3>
図書館で『若い読者のための短編小説案内』という本を手にしたのです。
村上春樹が取りあげた作者、作品に、時代の古さが感じられます。


【若い読者のための短編小説案内】


村上春樹著、文藝春秋、1998年刊

<「BOOK」データベース>より
戦後日本の代表的な作家六人の短編小説を、村上春樹さんがまったく新しい視点から読み解く画期的な試みです。「吉行淳之介の不器用さの魅力」「安岡章太郎の作為について」「丸谷才一と変身術」…。自らの創作の秘訣も明かしながら論じる刺激いっぱいの読書案内。
【目次】
吉行淳之介「水の畔り」/小島信夫「馬」/安岡章太郎「ガラスの靴」/庄野潤三「静物」/丸谷才一「樹影譚」/長谷川四郎「阿久正の話」

<読む前の大使寸評>
借りたのは1998年刊の単行本である。
村上春樹が取りあげた作者、作品に、時代の古さが感じられます。
(表紙は2004年刊の文春文庫のものです)

rakuten若い読者のための短編小説案内


安岡章太郎「ガラスの靴」が語られているので、見てみましょう。
p93~95
 安岡章太郎は短編小説のうまさに定評があるだけに、何をテキストに選ぼうかずいぶん迷ったのですが、結局処女作(あるいはデビュー作というべきか)の「ガラスの靴」に落ちつきました。その第一の理由は、僕が手にとって読んだ最初の安岡作品がこの「ガラスの靴」だったからです。
 
 いつだったかは忘れましたが、最初にこれを読んだときに非常に感心した記憶がありmす。とても新鮮で、なおかつ巧妙な小説だという印象を受けた。そしてその印象は今読み直しても、いささかも変わりません。

 その少しあとで書かれた「悪い仲間」や「陰気な愉しみ」なんかも優れた作品で、個人的にはすごく好きなのですが、どれかひとつということになると、そのような思い入れもあって、やはりこの「ガラスの靴」を選んでしまいます。

 選択の第二の理由としては、この「ガラスの靴」という短い作品の中に、安岡章太郎という作家の原型がありありと、みごとに現出していると僕は思うからです。そしてそこに提出されているものの、ある部分は歳月をかけて退化消滅していきます。

 僕らはこの作品を詳しく読み込むことによって、それをひとつひとつ検証していくことができます。安岡章太郎のそれ以降の展開にとって「ガラスの靴」という作品に提出されたものの中で、いったい何が必要であり、何が必要ではなかったのかを知ることができます。

 作家の処女作には、多かれ少なかれそういう部分があります。最初は「活字になったらもうけもの」という感じで、余計なことはなにも考えずにただひたすら持ち駒を並べて書くから、そこには一回性の捨て身の潔さみたいなものが漂うことが多いのです。

 でもそれでなんとかうまく成功をおさめて、これからはプロとして(あるいはセミ
プロとして)習慣的に継続的に小説を書き続けなくてはならないとなると、そんなことばかりいつまでも続けているわけにはいきません。それではとても身がもたない。手法やテーマやスタイルの面で、取捨選択がある程度必要になってきます。

 つまりあまり良い表現ではないけれど、作家としての「経営方針」の決定を迫られるわけです。「この部分はもっと拡大して伸ばしていける」「これは一回ならいいけれど、いつもやるのはちょっときつい」というようなことを識別していかなくてはならない。これはおそらくたいていの作家が、意識的にせよ無意識的にせよ、やっていることだろうと思います。逆に言えば、これがうまくできなければプロにはなれないんじゃないかと。

 安岡章太郎がこの処女作を発表したのは、30歳のときです。長い戦争があり(彼は学生の時に兵隊に取られて中国に送られています)、また戦後の混乱があって、そのあいだに病床に伏すことにもなりました。そのような事情から小説家としてのデビューが遅れたのでしょうが、実を言うと僕が作家としてデビューいたのもちょうど30歳になった歳で、そういうこともあってこの作品にいささかの個人的親近感を覚えてしまうのかもしれません。

 なにも僕の「風の歌を聴け」という処女作と、安岡氏の「ガラスの靴」に似たところがあると言っているわけではありません。しかしこの小説を書いた時の作者の心持ちのようなものが、僕にはなんとなく分かるような気がするのです。


『若い読者のための短編小説案内』2:丸谷才一「樹影譚」
『若い読者のための短編小説案内』1:長谷川四郎「阿久正の話」


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