『サル化する世界』3

<『サル化する世界』3>
図書館に予約していた『サル化する世界』という本を、待つことおよそ5ヵ月で、ゲットしたのです。
内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪

【サル化する世界】


内田樹著、文藝春秋、2020年刊

<「BOOK」データベース>より
現代社会の劣化に歯止めをかける、真の処方箋!堤未果氏との特別対談も収録。
【目次】
1 時間と知性/2 ゆらぐ現代社会/3 “この国のかたち”考/4 AI時代の教育論/5 人口減少社会のただ中で/特別対談 内田樹×堤未果 日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡されるー人口減少社会を襲う“ハゲタカ”問題

<読む前の大使寸評>
内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪

<図書館予約:(3/25予約、9/02受取)>

rakutenサル化する世界


「比較敗戦論のために」で対独協力国だったフランスが述べられているので、見てみましょう。
p140~143
<対独協力国だった歴史的事実の否認>
 フランスの場合は、ヴィシーについてはひさしく歴史的研究そのものが抑圧されていました。先ほど名前が出ましたベルナール=アンリ・レヴィの『フランス・イデオロギー』はヴィシーに流れ込む19世紀20世紀の極右思想史研究ですが、この本が出るまで戦後44年の歳月が必要でした。

 刊行されたときも、保守系メディアはこれに集中攻撃を加えました。「なぜせっかくふさがった『かさぶた』を剥がして、塩を塗り込むようなことをするのか」というのです。それからさらに30年近くが経ちますが、ヴィシー政府の時代にフランスが何をしたのかについての歴史的な研究は進んでいません。

 ナチスが占領していた時代のフランス人は何を考え、何を求めて、どうふるまったのか。いろいろな人がおり、いろいろな生き方があったと思います。それについての平明な事実を知ることが現代のフランス人には必用だと僕は思います。ド・ゴールが言うように「自分自身に対して抱く評価」を基礎づけるために。

 でも、それが十分に出来ているように僕には思えません。フランスの場合は「敗戦の否認」ではなく、対独協力国だった歴史的事実そのものが否認されている。その意味では、あるいは日本より病が深いかもしれない。

 本来なら、ヴィシー政府の政治家や官僚やイデオローグたちの実態を吟味して、「一体、ヴィシーとは何だったのか、なぜフランス人は民主的な手続きを経てこのような独裁性を選択したのか」という問いを徹底的に究明すべきだったと思います。

 でも、フランス人はこの仕事をネグレクトしました。 ヴィシー政府の要人たちに対する裁判もごく短期間のうちに終えてしまった。東京裁判やニュルンベルグ裁判のように、戦争犯罪の全貌を明らかにすということを抑制した。ペタン元帥や首相だったピエール・ラヴァルの裁判はわずか1ヶ月で結審して、死刑が宣告されました。

 裁判は陪審員席からも被告に罵声が飛ぶというヒステリックなもので、真相の解明というにはほど遠かった。この二人に全責任を押しつけることで、それ以外の政治家や官僚たちは事実上免責されました。そして、この「エリートたち」はほぼそのまま第四共和制の官僚層に移行する。

 レヴィによれば、フランスにおいて、ヴィシーについての歴史学的な検証が進まなかった最大の理由は、ヴィシー政府の官僚層が戦後の第四共和制の官僚層を形成しており、彼らの非を細かく咎めてゆくと、第四共和制の行政組織そのものが空洞化するリスクがあったからだということでした。

 事情を勘案すれば、フランス政府が、国家的選択として対独協力していたわけですから、それをサボタージュした官僚はうっかりするとゲシュタポに捕まって、収容所に送られるリスクがあったわけです。組織ぐるみの対独協力をせざるを得なかった。だから一罰百戒的に、トップだけに象徴的に死刑宣告を下して、あとは免罪して、戦後の政府機構に取り込むことにした。それは当座の統治システムの維持のためには、しかたなかったのかも知れません。

 ですから、ヴィシーについての歴史学的な実証研究が始まるのは、この官僚たちが引退した後になります。1980年代に入って、戦後40年が経って、ヴィシー政府の高級官僚たちが退職したり、死んだりして、社会的な影響がなくなった時点ではじめて、最初は海外の研究者たちが海外に流出していたヴィシー政府の行政文書を持ち出して、ヴィシー研究に手を着け始めた。フランス人自身によるヴィシー研究は『フランス・イデオロギー』が最初のものです。戦争が終わって44年後です。

 「ヴィシーの否認」は政治的に、意識的に、主体的に遂行された。でも、そのトラウマは別の病態をとって繰り返し回帰してきます。僕はフランスにおける「イスラモフォビア」(イスラム嫌悪症)はそのような病態の一つではないかと考えています。

 フランスは全人口の10%がムスリムです。ニースで起きたテロ事件で露呈したように、フランス社会には排外的な傾向が歴然と存在します。大戦後も、フランスは1950年代にアルジェリアとベトナムで旧植民地の民族解放運動に直面したとき、暴力的な弾圧を以って応じました。

 結果的には植民地の独立を容認せざるを得なかったのですが、独立運動への弾圧の激しさは、「自由・平等・博愛」という人権と民主主義の「祖国」のふるまいとは思えぬものでした。そんなことを指摘する人はいませんが、これは「ヴィシーの否認」が引き起こしたものではないかと僕は考えています。「対独協力を選んだフランス」、「ゲシュタポと協働したフランス」についての十分な総括をしなかったことの帰結ではないか。


『サル化する世界』2:China Scare―中国が怖い
『サル化する世界』1:なんだかよくわからないまえがき

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント