『歓待する文学』4

<『歓待する文学』4>
図書館で『歓待する文学』という本を手にしたのです。
小野正嗣が選りすぐりの作品について十三回の放送で紹介する構成であるが、取りあげた作品が、ええでぇ♪


【歓待する文学】


小野正嗣著、NHK出版、2018年刊

<「BOOK」データベース>より
文学は私たちの心にどう入り込み、個人の生活や社会に影響を与えるのか。芥川賞作家である著者が欧米、アフリカ、中東、アジアの選りすぐりの作品を紹介。書き手がどのような土地に根ざし、どういう言語で作品を生み出したのか、それが読み手にどう作用するのかを探る。

<読む前の大使寸評>
小野正嗣が選りすぐりの作品について十三回の放送で紹介する構成であるが、取りあげた作品が、ええでぇ♪

rakuten歓待する文学



小野正嗣さんのフランス体験が語られているので、見てみましょう。
p8~10
<第1回 文学は歓待する>
 1997年に僕はフランスに留学しました。パリの北の郊外サン・ドニにあったパリ第八大学の大学院です。

 その翌年だったでしょうか、パリ第八大学も会場になった、文学をめぐる大きな国際シンポジウムが開催されました。そこで僕は手伝いの学生として、質疑応答の際にマイクを運ぶ係をしました。

 非常に活発な議論が展開され、僕はひなに餌を運ぶ母鳥のように会場のなかを行ったり来たり大忙しでした。そのなかでとりわけ大食漢のひながいました。餌が必用なのはよくわかります。栄養が足りていないのかもしれない。頭はつるつるで目はらんらんと輝き、小柄で痩せています。周囲のひなたちもそれがわかっているのか、彼が質問のために挙手をする前から、彼のところへ行け、としきりに僕に目配せするのです。

 シンポジウム終了後のレセプションで、そのひな鳥であった50代後半の大学教授がすたすた僕に近づいてきました。餌(マイクですね)を運んだお礼を言いたかったのでしょうか。開口一番こう訊いてきました。
「マイクをずっと持ってたのに、なぜきみは発言しなかったの?」

 戸惑いながらも僕はこう答えました・・・僕のフランス語のレベルでは機知に富んだ返事ができるはずもないので、正直に。
「だって馬鹿だからです」
 すると、クロード・ムシャールあ青い瞳を嬉しそうに輝かせて微笑みました。「僕もそうなんだよ!」

 それをきっかけに僕たちは意気投合し、気づけば僕はちょくちょく彼が妻のエレーヌと暮らすオルレアンの自宅を訪れるようになっていました。クロードはパリ第八大学文学部教授でしたが、詩人でもあり翻訳者でもありました。

 パリ第八大学は海外からの留学生が多いので、そうした学生たちと一緒に彼ら・彼女らの出身国の詩人の作品を翻訳していました。僕も彼と日本の詩人を訳すようになりました。何度も自宅に招かれて、キッチンの大きなテーブルや中庭のマグノリアの木陰にあるテーブルについて彼と翻訳をしました。

 今度は餌を与えられるのは僕のほうです。クロードはお菓子作りの名人で、手製のタルト・タタンやガトー・ショコラを訪問のたびに御馳走になりました。僕はそれから1年後くらいには、彼とエレーヌの自宅の一部である建物の一室に暮らすようになり、朝から晩まで二人の家で時間を過すようになっていました。食事も二人と食べることが多かったので、居候も同然、というか家族も同然の生活でした。

 二人の家は、とにかく本だらけなのですが、その書棚はフランス文学ばかりではなく、世界に向けて開かれていました・・・クロードは世界の文学につねに生き生きした興味を抱いている人でした。でなければ、留学生に好きな詩人や小説家について尋ね、それを一緒に翻訳して、フランスに紹介しようとは思わないでしょう。

 彼はフランスの著名な詩人ミシェル・ドゥギーが創刊した季刊の雑誌Po&sie(『ポエジー』)の副編集長の一人でもあり、ドゥギーと仲間の編集委員たちとともに、この雑誌を世界の文学に開こうとつねに奮闘していました。

 フランスの詩人や批評家、哲学者が寄稿することの多い『ポエジー』が、韓国現代詩特集号、日本現代詩特集号を刊行し、二号にわたってアフリカの諸地域の詩人たちを特集したのは、クロードのこの雑誌への大きな貢献です。つまり彼は『ポエジー』という雑誌を世界中の文学を歓待してきたわけです。

『歓待する文学』3:J・M・クッチェーの『マイケル・K』
『歓待する文学』2:村上春樹の自伝的エッセイ
『歓待する文学』1:雪の練習生

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