『多和田葉子アンソロジー』R6

<『多和田葉子アンソロジー』R6>
このところ、多和田葉子の作品を集中的に読んでいるのだが・・・
デジタル朝日で『(文化の扉)多和田文学、ふわり越境』という記事を見て、この際、多和田さんのアンソロジーを編んでみました。


・(文化の扉)多和田文学、ふわり越境(2019年)
・文学界(2019年1月号)(2019年)
・歓待する文学(2018年刊)
・地球にちりばめられて(2018年刊)
・言語、非言語、文化、異文化のはざまで言葉を編む(2016年)
・献灯使(2014年刊)
・雪の練習生(2011年刊)
・エクソフォニー(2006年刊)
・容疑者の夜行列車(2002年刊)


R6:「雪の練習生」を追記
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『文学界(2019年1月号)』2:古市憲寿とメディアアーチスト・落合陽一との対談
『文学界(2019年1月号)』1:台湾人作家・温又柔との対談

『地球にちりばめられて』4:「第10章 クヌートは語る3」
『地球にちりばめられて』3:「第9章 Hirukoは語る3」
『地球にちりばめられて』2:第6章 Hirukoは語る2
『地球にちりばめられて』1:独自の言語“パンスカ”

『歓待する文学』4:小野正嗣さんのフランス体験
『歓待する文学』3:J・M・クッチェーの『マイケル・K』
『歓待する文学』2:村上春樹の自伝的エッセイ
『歓待する文学』1:雪の練習生

『献灯使』4:言語の輸出入
『献灯使』3:日本の鎖国
『献灯使』2:「ナウマン象」
『献灯使』1:『献灯使』の語り口

『雪の練習生』

『エクソフォニー』4:ハンブルグ
『エクソフォニー』3:森鴎外とドイツ語
『エクソフォニー』2:マルセイユ
『エクソフォニー』1:北京

『容疑者の夜行列車』2:北京へ
『容疑者の夜行列車』1:グラーツへ

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<『歓待する文学』>
図書館で『歓待する文学』という本を手にしたのです。
小野正嗣が選りすぐりの作品について十三回の放送で紹介する構成であるが、取りあげた作品が、ええでぇ♪


【歓待する文学】


小野正嗣著、NHK出版、2018年刊

<「BOOK」データベース>より
文学は私たちの心にどう入り込み、個人の生活や社会に影響を与えるのか。芥川賞作家である著者が欧米、アフリカ、中東、アジアの選りすぐりの作品を紹介。書き手がどのような土地に根ざし、どういう言語で作品を生み出したのか、それが読み手にどう作用するのかを探る。

<読む前の大使寸評>
小野正嗣が選りすぐりの作品について十三回の放送で紹介する構成であるが、取りあげた作品が、ええでぇ♪

歓待する文学
『歓待する文学』1:雪の練習生




『歓待する文学』3で、J・M・クッチェーが語られているので、見てみましょう。
p93~96
<第7回 こんな風にしても人は生きていける>
 このヨンヘと同じような境遇にあった男がいました。彼もまたあらゆる食物を摂取することを拒否します。栄養失調と疲労で意識を失い、医師のもとに運び込まれます。フェリシティという看護の女性が毛布でくるんだ、この40キロにも満たない小柄の老人マイケルズ(しかし本人は自分の名はマイケルだと主張します)に、医師は鼻からチューブを挿入し、糖分と牛乳を与えます。

 マイケルズに意識がもどった。彼が最初にやったことは鼻からチューブを引き抜くことで、フェリシティが止めようとしたが間に合わなかった。いまはドアのそばに何枚も重ねた毛布の下で寝ているが、まるで死体のようだ。何も食べようとしない。小枝のような腕で栄養物の瓶を押しのける。「俺の食べ物じゃない」と言わんばかりに。(226頁)

 これはJ・M・クッチェーの『マイケル・K』の一節です。クッチェーは南アフリカ出身の作家です。ノーベル賞作家(2003年に受賞)としてご存知の方も多いでしょう。クッチェーはブッカー賞(現マン・ブッカー賞)を二度受賞している数少ない作家のひとりですが、その一度目はこの『マイケル・K』という長篇に与えられました。

 僕は一度、クッチェーに会ったことがあります。2014年にイギリスのノリッチで開催された「ワールズ」という文学会議に参加したことは、これまで何度か述べました。僕はそこで『ファミリー・ライフ』の著者アキール・シャルマと親しくなったのですが、そこにクッチェーも招待されていました。

 クッチェーに会えるのだから、機会があればサインをしてもらおうと持参したのが、原書の『マイケル・K』と『少年時代』でした。会議のあとの朗読会で、隣の席に座る機会がありました。そこでずっとカバンに入れてあったこの2冊を取り出し、サインを
してくださいとお願いしました。

 クッチェーは快くサインをしてくれました。「実は、ミスター・クッチェーの講演を聴いたことがあります。あなたが来日されて早稲田大学で講演されたときです。あれはたしか2006年でした・・・」と話しかけていると、「あ・・・」と、僕の手渡した本にペンを走らせていたクッチェーが小さな声を漏らしました。「きみの話を聞いてたら、2006年って書いてしまった・・・」。

 そのときの文学会議の主題が「ノスタルジア」であったことはすでに話しました。『マイケル・K』もまた郷愁の物語と言ってもよいかもしれません。ただし郷愁に駆られるのは、主人公のマイケル・Kではなく、彼の母親です。

 南アフリカのケープタウンに暮らすマイケル・Kは、30過ぎの独身の庭師です。口唇烈があり、あまり友人はいません。彼には長年家政婦として働いてきた母親がいます。病気に苦しむ母親は死ぬ前に自分が幸福な少女時代を過ごしたプリンスアルバートという農場の多い地域に戻りたいと言います。しかし、この小説のなかの南アフリカは明らかに内戦状態です(この作品は、アパルトヘイトが行われていた1983年に刊行)。

 夜間外出禁止令が出されるだけでなく、人々の移動も厳しく制限されています。通行許可証のないKと母親はケープタウンの外に出ることもできません。それでもKは母の願いを叶えたいと思います。「なぜ自分がこの世に生れてきたかという難題にはすでに答えが出ていた。母親の面倒を見るために生れてきたのだ」(13頁)。

 Kは手製の手押し車を作り、それに母親を乗せ、母の故郷へと向かう旅に出発します。しかしその間に母の病気は悪化し、途中の病院で亡くなります。その遺灰を持って、Kはプリンスアルバートを目指します。


『歓待する文学』4で、小野正嗣さんのフランス体験が語られているので、見てみましょう。
p8~10
<第1回 文学は歓待する>
 1997年に僕はフランスに留学しました。パリの北の郊外サン・ドニにあったパリ第八大学の大学院です。

 その翌年だったでしょうか、パリ第八大学も会場になった、文学をめぐる大きな国際シンポジウムが開催されました。そこで僕は手伝いの学生として、質疑応答の際にマイクを運ぶ係をしました。

 非常に活発な議論が展開され、僕はひなに餌を運ぶ母鳥のように会場のなかを行ったり来たり大忙しでした。そのなかでとりわけ大食漢のひながいました。餌が必用なのはよくわかります。栄養が足りていないのかもしれない。頭はつるつるで目はらんらんと輝き、小柄で痩せています。周囲のひなたちもそれがわかっているのか、彼が質問のために挙手をする前から、彼のところへ行け、としきりに僕に目配せするのです。

 シンポジウム終了後のレセプションで、そのひな鳥であった50代後半の大学教授がすたすた僕に近づいてきました。餌(マイクですね)を運んだお礼を言いたかったのでしょうか。開口一番こう訊いてきました。
「マイクをずっと持ってたのに、なぜきみは発言しなかったの?」

 戸惑いながらも僕はこう答えました・・・僕のフランス語のレベルでは機知に富んだ返事ができるはずもないので、正直に。
「だって馬鹿だからです」
 すると、クロード・ムシャールあ青い瞳を嬉しそうに輝かせて微笑みました。「僕もそうなんだよ!」

 それをきっかけに僕たちは意気投合し、気づけば僕はちょくちょく彼が妻のエレーヌと暮らすオルレアンの自宅を訪れるようになっていました。クロードはパリ第八大学文学部教授でしたが、詩人でもあり翻訳者でもありました。

 パリ第八大学は海外からの留学生が多いので、そうした学生たちと一緒に彼ら・彼女らの出身国の詩人の作品を翻訳していました。僕も彼と日本の詩人を訳すようになりました。何度も自宅に招かれて、キッチンの大きなテーブルや中庭のマグノリアの木陰にあるテーブルについて彼と翻訳をしました。

 今度は餌を与えられるのは僕のほうです。クロードはお菓子作りの名人で、手製のタルト・タタンやガトー・ショコラを訪問のたびに御馳走になりました。僕はそれから1年後くらいには、彼とエレーヌの自宅の一部である建物の一室に暮らすようになり、朝から晩まで二人の家で時間を過すようになっていました。食事も二人と食べることが多かったので、居候も同然、というか家族も同然の生活でした。

 二人の家は、とにかく本だらけなのですが、その書棚はフランス文学ばかりではなく、世界に向けて開かれていました・・・クロードは世界の文学につねに生き生きした興味を抱いている人でした。でなければ、留学生に好きな詩人や小説家について尋ね、それを一緒に翻訳して、フランスに紹介しようとは思わないでしょう。

 彼はフランスの著名な詩人ミシェル・ドゥギーが創刊した季刊の雑誌Po&sie(『ポエジー』)の副編集長の一人でもあり、ドゥギーと仲間の編集委員たちとともに、この雑誌を世界の文学に開こうとつねに奮闘していました。

 フランスの詩人や批評家、哲学者が寄稿することの多い『ポエジー』が、韓国現代詩特集号、日本現代詩特集号を刊行し、二号にわたってアフリカの諸地域の詩人たちを特集したのは、クロードのこの雑誌への大きな貢献です。つまり彼は『ポエジー』という雑誌を世界中の文学を歓待してきたわけです。

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<(文化の扉)多和田文学、ふわり越境>
デジタル朝日が「日独2言語で/言葉遊びとユーモアと」と説いているので、紹介します。
この記事を紙媒体でスクラップしたのだが、電子媒体でも保存するところが、いかにも老人であるなあ。
(この記事を6/24デジタル朝日から転記しました)


ドイツ在住の作家、多和田葉子が世界的に注目を集めている。日本、ドイツ、米国で権威ある文学賞を受けてきた。作風は前衛的で国境や言語にとらわれないコスモポリタン。と同時に、日本語の魅力を追究した日本文学である。

 多和田葉子は大学卒業後、22歳でハンブルクに移住した。現在はベルリンに暮らす。日本語とドイツ語の両方で、小説や詩を発表してきた。日本では芥川賞、谷崎潤一郎賞、野間文芸賞といった純文学の大きな賞を次々に受賞。ドイツではクライスト賞を受け、独特の文体が評価された。いま、世界で活躍する日本人作家のひとりだ。

 昨秋には英語版の「献灯使」が米国の権威ある文学賞、全米図書賞の翻訳文学部門を受賞した。大災厄の後に鎖国を選んだ近未来の「日本」が舞台。訳者の満谷マーガレットさんは、「受賞作は震災後の汚染された日本を描く。決して日本だけの問題ではない。全米図書賞という重要な賞を受けたことでこの作品が世界で広く読まれ、受け止められる、その意義は大きいと思う」と話す。

 100歳を超えても頑丈な老人たちが社会を支え、子どもは弱くて歩けない。「彼女のファンタジーは現実に根ざしているから力がある」と満谷さん。深刻な物語だが、ユーモアに包まれ、読後感は朗らか。理由の一つに多和田作品の特徴である言葉遊びがある。「献灯使」では「みどりの日」があるなら「赤の日」も、と休日が際限なく増えていく。すたれてきた性交を奨励する「枕の日」、「インターネットがなくなった日を祝うのは「御婦裸淫の日」だ。


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<『雪の練習生』>
図書館に予約していた『雪の練習生』という本を、待つこと1週間ほどでゲットしたのです。
ホッキョクグマ三代の物語とのことで、興味深いのでおます。


【雪の練習生】


多和田葉子著、新潮社、2011年刊

<「BOOK」データベース>より
サーカスの花形から作家に転身し、自伝を書く「わたし」。その娘で、女曲芸師と伝説の「死の接吻」を演じた「トスカ」。さらに、ベルリン動物園で飼育係の愛情に育まれ、世界的アイドルとなった孫息子の「クヌート」。人と動物との境を自在に行き来しつつ語られる、美しい逞しいホッキョクグマ三代の物語。

<読む前の大使寸評>
ホッキョクグマ三代の物語とのことで、興味深いのでおます。

<図書館予約:(8/01予約、8/08受取)>

rakuten雪の練習生


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以降については、『多和田葉子アンソロジー』R5による。

『多和田葉子アンソロジー』R5

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