『作家の旅』1

<『作家の旅』1>
図書館で『作家の旅』というビジュアル本を、手にしたのです。
コロナ・ブックスというシリーズであるが、全編にわたってカラー画像満載でありこれぞ太子好みのビジュアル本でおます。


【作家の旅】


平凡社編、平凡社、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
日本人になったギリシア人、魔都・上海、移動写真館、草競馬、バスでひまつぶし、金沢グルメ、放浪、沖縄島唄、イラスト地図、フローラ逍遥、イタリア歩き…作家15人の旅路。
【目次】
ラフカディオ・ハーン 小泉八雲/萩原朔太郎/林芙美子/村松梢風/寺山修司/山口瞳/田中小実昌/吉田健一/種田山頭火/宮脇檀/竹中労/春日井建/堀内誠一/澁澤龍彦/須賀敦子/記憶のお土産

<読む前の大使寸評>
コロナ・ブックスというシリーズであるが、全編にわたってカラー画像満載でありこれぞ太子好みのビジュアル本でおます。

rakuten作家の旅


池内紀さんの説く旅情を、見てみましょう。
p89~91
<記憶のお土産>
 どこか遠くへ行きたい。「ここ」ではないどこか。未知を知りたい。そんな欲望は人間にかぎらず、動物一般に認められる衝動らしい。ただ人間には好奇心が加わって、めざす方向が生まれてくる。

 昭和3年(1928年)9月、金子光晴は妻・森三千代とともに東京を出発。まず名古屋、ついで大阪。パリ行をもくろんでいて、「金子光晴・森三千代渡欧記念」と称する詩画集をつくり資金あつめにかかったが、思うようにさばけない。ともかく西へ向かえば少しでもパリに近づくわけだ。このとき金子光晴、32歳、森三千代、23歳。二人には生れたまもなしの赤子がいた。

 11月に三千代の実家のある長崎着。若い母親はわが子を寝かしつけてから、そのまま置き去りにして、夫のいる長崎港の岩壁に駆けつけた。この間の経緯をつづった『どくろ杯』によると、豚皮のトランクと小さなスーツケースが二人の全財産で、上海に下り立ったときの財布の中身が5円60銭。
「次の金のめどがつくまで、さしあたりその5円となにがしかで食いつながなければならないわけで・・・。」

 足かけ5年にわたる壮絶な世界放浪の始まりである。なけなしのつてにたよって仕事をする。金子光晴は絵が巧みだった。品のいいポルノ画で稼ぎにありついて香港、ここで往きくれて2ヵ月過した。船を乗り継ぎシンガポ-ルでまた2ヵ月。ついでマレー半島をうろついた。

 この間の体験が、あの美しい詩「洗面器」を生み出した。そこにはカッコつきで、
「僕は長年のあひだ、洗面器といふうつはは、僕たちが顔や手を洗ふのに湯、水を入れるものとばかり思ってゐた」と書き出された前文がついている。ところがジャワ人たちはそれで、羊や魚や鶏や果実をカレー汁に煮立て、合歓木の木陰で客を待っているし、広東の女たちは同じ洗面器にまたがって、「しやぼりしやぼり」とさびしい音をたてて尿をする。

 洗面器のなかの
 さびしい音よ

 くれてゆく岬(タンジョン)の
 雨の碇泊(とまり)


 ようやく手に入れた欧州航路の三等キップでフランスに向かう間、この放浪者の耳にはたえず「しやぼりしやぼり」がひびいいていただろう。かなしく、さびしく、寂幕とした命の音だ。

 ゆれて、
 傾いて、
 疲れたこころに
 いつまでもはなれぬひびきよ。

 人の生のつづくかぎり
 耳よ。おぬしは聴くべし。


 金子光晴がパリにいたのは、1920年代末から30年代初頭であって、ファシズムの兆候はきざしていたが、まだ小さな黒雲程度にとどまっていた。第一次世界大戦後に大きく下落したヨーロッパの通貨との差額を利用して、多くの日本人が優雅な暮らしをしていたが、風変わりな夫婦にはそんなことは望めない。

 回想記『詩人』によると、金子光晴はペンキ工、図案工、家具職手伝いといった手職のかたわらフランス在の日本人社会の中で商品の仲介をしたり、とっておきの情報を流して報酬を得ていたらしい。ヒッピー暮らし、コピーライター、事件記者であって、20世紀の後半がようやく知ったことを、いち早く実践していた。

 無鉄砲な妻ともどもパリに入ったとき、詩人光晴はすでに「放浪の哲学」といったものを、はっきりと意識していたのではあるまいか。

 文明のない、さびしい明るさが
 文明の一漂流物、私をながめる。
 胡椒や、ゴムの
 プランター達をながめたやうに。
 
「かへらないことが最善だよ。」
 それは放浪の哲学。


 徹底して自分を「文明の一漂流物」と見る目をやしなった。



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