『村上春樹の短編を英語で読む1979~2011下』2

<『村上春樹の短編を英語で読む1979~2011下』2>
図書館で『村上春樹の短編を英語で読む1979~2011下』という本を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくると、段落が少なくて読みにくい文章であるが・・・まあ何とかなるだろうと借りたわけでおます。

とにかく、大使にとって村上春樹は尽きせぬ泉みたいな題材でおます。


【村上春樹の短編を英語で読む1979~2011下】


加藤典洋著、筑摩書房、2019年刊

<「BOOK」データベース>より
「デタッチメント」から「コミットメント」へー村上春樹の創作姿勢の移行は、はたして何を意味するのだろうか。その物語世界はどのように深化を遂げたのか。デビュー以来の80編におよぶ短編を丹念にたどりながら、長編とのつながりをも探り出すことで、新たな像が浮かび上がる。下巻では、『ノルウェイの森』の大ベストセラー化を契機にもたらされた深刻な孤立と危機にはじまる「中期」の作品群を読み解き、そして、日本の戦後にとって節目となった1995年の二つの出来事を誰よりもしっかり受け止めた小説家の「後期」の転回を掘り下げる。

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくると、段落が少なくて読みにくい文章であるが・・・まあ何とかなるだろうと借りたわけでおます。

rakuten村上春樹の短編を英語で読む1979~2011下


翻訳のコツのような箇所を、見てみましょう。
p84~87
<第三部 第10章 これ以上はあげられないくらいの大きな悲鳴をあげること> 
 夫と子供は、この小説の中で似ています。日本語の原テクストでもそうですが、ジェイ・ルービンの訳は、「私」が「夫」と「子供」を一組の存在として見ているところを上手に訳していると思います。この小説では、英訳がさまざまなことを考えさせてくれます。
 彼は朝の八時十五分にブルーバードに乗ってマンションの駐車場を出る。子供を隣の席に座らせる。子供の小学校は診療所に向かう道筋にるのだ。「気をつけてね」と私は言う。「大丈夫」と彼は言う。(略) そして二人は手を振って出ていく二人は奇妙なほどよく似た手の振り方をする。同じような角度に顔を傾け、同じように手のひらをこちらに向け、それを小さく左右に振る。まるで誰かにきちんと振り付けられたみたいに。(同前、傍点引用者)

 というところの傍点箇所は、“My two “men”always wave to me on the way out. their hands move in exactly the same way. It's almost unncanny.”(私の二人の「男」はいつも手を振って出て行く。正確に同じ仕草だ、不気味なほどに)となっていますし、

 私はいつもと同じように夫にコーヒーを出し、子供にホット・ミルクを飲ませた。夫はトーストを食べ、子供はコーン・フレークを食べた。夫は新聞にざっと目を通し、子供は新しく覚えた歌を小さな声で歌っていた。それから二人はブルーバードに乗って出ていった。気をつけてね、と私は言った。大丈夫と夫は言った。二人は私に手を振った。いつもと同じだった。(同前)

 という箇所の「二人」もともに“The two of them”と書かれ、二人一組の強調を施されています。まず自分の中の連関がとだえ、次に周囲との関係が途切れる。物事は文脈を失い、いわば機械的なものとなる。すべてがただ単にあるもの、「ただの存在」となります。


『村上春樹の短編を英語で読む1979~2011下』1

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