『村上春樹の短編を英語で読む1979~2011下』1

<『村上春樹の短編を英語で読む1979~2011下』1>
図書館で『村上春樹の短編を英語で読む1979~2011下』という本を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくると、段落が少なくて読みにくい文章であるが・・・まあ何とかなるだろうと借りたわけでおます。

とにかく、大使にとって村上春樹は尽きせぬ泉みたいな題材でおます。


【村上春樹の短編を英語で読む1979~2011下】


加藤典洋著、筑摩書房、2019年刊

<「BOOK」データベース>より
「デタッチメント」から「コミットメント」へー村上春樹の創作姿勢の移行は、はたして何を意味するのだろうか。その物語世界はどのように深化を遂げたのか。デビュー以来の80編におよぶ短編を丹念にたどりながら、長編とのつながりをも探り出すことで、新たな像が浮かび上がる。下巻では、『ノルウェイの森』の大ベストセラー化を契機にもたらされた深刻な孤立と危機にはじまる「中期」の作品群を読み解き、そして、日本の戦後にとって節目となった1995年の二つの出来事を誰よりもしっかり受け止めた小説家の「後期」の転回を掘り下げる。

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくると、段落が少なくて読みにくい文章であるが・・・まあ何とかなるだろうと借りたわけでおます。

rakuten村上春樹の短編を英語で読む1979~2011下


戦後日本が語られているので、見てみましょう。
p168~171
<第四部 第12章 マニフェストと小さな他者> 
 バスのナンバーは「28番」ですが、これも、ちょうどこの作品発表の1年前(1982年12月)から連載がはじまっている大友克洋の漫画『AKIRA』が、主要登場人物の名前、超能力少年アラキのナンバーの引用源としている往年の横山光輝の漫画を、連想させる数字です。『鉄人28号』というのは、村上や大友が少年のころの人気漫画で、太平洋戦争の末期、日本の陸軍が、「起死回生の秘密兵器」として開発していた巨大ロボットが戦後に現れる、という設定でした。

 大友の作品中、アキラも28番、また主人公の名前金田は、この漫画の主人公(金田正太郎少年)からとられています。いずれにしてもここでバスは「戦後日本」ともいうべき時間の器で、それはいまや高度成長をへて「運転席の窓ガラスがいやに大きく、まるで翼をもぎとられた大型爆撃機みたい」なかたちをしている。

 アンゼルム・キーファーというドイツの前衛芸術家に翼の潰れたメッサーシュミット(ナチス・ドイツの戦闘機です)のインスタレーションがありますが、それが思い出される形容です(日本の芸術家がこれを模倣して作った翼を潰された零戦のインスタレーションも存在します)。

 戦後日本のメディアにはこの種のイメージが散乱しています。黙っているとその種のイメージが入ってくるのです。身近な例でいうと、宮崎駿の『千と千尋の神隠し』に、この「何かしら非現実的で不思議な」老人たちの「光景」に似たものが出てきます。

 そこで主人公の女の子千は、友だちのハクを助けるべく「四十年前の切符」で「沼の底」行きの電車に乗るのですが、すると、やはり「時間の器」であるその電車に、たくさんの暗い影のような荷物を抱えた人たちが乗っていて、とある駅に着くとぞろぞろおりていくのです。

 僕自身の想像ですが、それはたぶん、戦後の引き揚げ者の象徴ではないのでしょうか。戦争に負け、満州、台湾、朝鮮、樺太、南太平洋の諸島などから、総数六百万人を越える日本人が着の身着のままの状態で戻ってきました。暗い戦後の光景の一こまです。この映画には、通過する電車を踏切りで待つやはり暗い影のままの父と幼い子供の姿も一瞬映るのですが、作り手宮崎駿の父に連れられた1945年当時の自己像ではないかと僕は思っています。

 宮崎の家は戦闘機零戦の部品製作を担当する飛行機工場を経営しており、彼は1941年生れ、戦争が終わったとき、四歳でした。
 僕は、「めくらやなぎと眠る女」のオリジナル版における老人のイメージも、そのようなものだと思っています。村上のうちにも、戦後日本の影が大きく落ちています。それを作り手がしっかりと受けとめるのでないと、それらの残滓がさまざまな形で作品を覆い、ときに作品自体を茫洋とさせるのです。

「めくらやなぎと眠る女」のオリジナル版もその例で、はっきりとしたモチーフに立つ改稿版で、この部分が大きく削除されているのもそのためなのでしょう。村上は自分の(個人的な)「喪失」体験を作品に込めた。でもそのモチーフの“掴み”の甘さが、ここで別種の(いわば社会的な)「喪失」のモチーフの混入を許してしまっていると見えるのです。
 さて、このようなかたちとしてあったオリジナル版が、四割方削減され、改稿される。 どこが変わっているか。列挙すると次のような場面が、変更されています。
 第一は、先に述べたいとこの耳の疾患が「八年間」続いているという箇所が削除された。それで「僕」の八年前の友だちのガール・フレンドの入院する病院見舞いとのつながりが消えています。

 第二に、故郷の街に戻ってきた理由として、いくつかの要素がふえ、また「三年ぶり」と目される前述の帰郷が「五年ぶり」の帰郷に変えられた。


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