『越境者の政治史』

『越境者の政治史』
図書館に予約していた『越境者の政治史』という本を、待つこと6日でゲットしたのです。
この本の目次を見ればわかるように・・・日本人は斯くも大量に、広大に植民者として送り出されたものだと思うわけです。



【越境者の政治史 : アジア太平洋における日本人の移民と植民】


塩出浩之著、名古屋大学出版会、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
北海道・樺太へ、ハワイ・満洲・南北アメリカへ。大量に送り出された日本人移民たちの政治統合は、日本およびアジア太平洋地域の秩序にどのようなインパクトをもたらしたのか。移民史・政治史の盲点を克服し、一貫した視点で新たな全体像を描き出す。

<読む前の大使寸評>
この本の目次を見ればわかるように・・・日本人は斯くも大量に、広大に植民者として送り出されたものだと思うわけです。

<図書館予約:(6/17予約、6/23受取)>

rakuten越境者の政治史 : アジア太平洋における日本人の移民と植民


太子のいちばんの関心テーマが「満州国」なので・・・
第6章の「はじめに」で在満日本人を、見てみましょう。

<はじめに>p226~227
 日本の関東軍が満州事変を通じて中国東北部に建国した「満州国」は、日本軍(関東軍)が駐留して防衛を担当し、関東軍と日本人官僚が統治組織を掌握した日本の支配植民地であり、日本人の開発・入植活動の対象となった投資・移住植民地でもあった。

 しかし同時に日本政府・軍部は、中国への領土拡張に対する国際社会の批判を回避するため、日本と不可分の特殊関係を有するとしながらも、満州国に主権国家としての統治形式をとらせた。満州国で植民活動を行う日本人は、日本とは異なる満州国という国家の存立を前提とする限り、南米移民などと同様の外国への移民だった。

 さらに、国際社会の有力な規範となっていた民族自決の理念に対応して、満州国は日本人と現地諸民族との「民族協和」に基づく国民国家として建国されたため、満州国の日本人は中国人(主に漢人)やモンゴル人、そして日本国籍保有者である朝鮮人などとともに、「日系」の「満州国民」としての統合が要請されていた。ただし、にもかかわらず満州国における日本人の植民活動は、この地域があくまで台湾や朝鮮と同様に日本の支配領域だという認識に基づいて推進され、また満州国の統治もその活動を保障すべきものとして行われたのである。

 以上のように、満州国における日本人は植民者としての「在満日本人」なのか、「日系満州国民」たるべき国外移民なのかという問題は、満州国と呼ばれる領域の、アジア太平洋の帝国・国際秩序における位置づけの根幹に関わるものだった。それは言い換えれば、満州国で日本人はいかなる政治的帰属を有するのかという問題だった。

 この問題は先行研究では、主に満州国の国籍という観点から検討されてきた。山室信一や浅野豊美が明らかにしたように、満州国では国民を規定する国籍法の制定が建国当初から検討されながら、その制定が実現しないまま満州国は崩壊した。その最大の要因は、在満日本人による満州国国籍の取得が必要視されながら、そのために日本人を日本国籍から離脱させることは回避されたことにあった。

 また遠藤正敬が明らかにしたように、満州国では領域内に生活の根拠を有する人民を全て「満州国人民」とみなすという慣習法的な国籍概念により、日本人を日本国籍のまま国民とみなしたが、成文による国籍法はついに制定されなかった。

 しかし国籍は政治的帰属の全てを規定する要因ではなく、政治参加あるいはシティズンシップという観点からは異なる側面を出だしうる。山室や浅野は在満日本人自身が日本国籍の離脱を望まなかったことを指摘しており、その指摘自体は妥当かつ重要だが、満州国における日本人がいかなる政治行動をとり、みずからの政治的帰属をどのように捉えていたかは、先行研究で十分に明らかにされたとはいえない。

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