『山藤章二・昭和よ』1

<『山藤章二・昭和よ』1>
山藤さんのエッセイ集ということだが、ぱらぱらめくっても挿絵がいっさいないのです。・・・つまり、エッセイだけで読ませる内容なんでしょうね♪


【山藤章二・昭和よ】


山藤章二著、岩波書店、2019年刊

<「BOOK」データベース>より
元号がかわる節目を迎え、平成への思いを綴ろうとしたけれど、脳裏に浮かぶのは昭和の出来事ばかりー。昭和十二年に生まれ、戦争、復興からバブル景気まで、激動の時代を生き抜いた著者は、「私の芯の部分は昭和という時代によって培われた」と語る。本書では、昭和を振り返りながら、八十二歳のいま思うことを、おなじみの一人語り調で、包み隠さず書き下ろす。ユーモラスで、とりとめのないようだが、時代を読み解く感性の鋭さが、随所に光るエッセイ集

<読む前の大使寸評>
山藤さんのエッセイ集ということだが、ぱらぱらめくっても挿絵がいっさいないのです。・・・つまり、エッセイだけで読ませる内容なんでしょうね♪


rakuten山藤章二・昭和よ


太子は朝日新聞の連続コラム「人生の贈りもの」をときどきスクラップしているのだが・・・
山藤さんの「人生の贈りもの」を、見てみましょう。

<「人生の贈りもの」>p89~91
 すこし前のことだけど、『朝日新聞』の文化蘭で「人生の贈りもの」という振り返り十五回という取材を受けた。若くて熱心な記者だし、時間を惜しまず何度でもお目にかかりたいという気迫に、好感触を得たので引き受けた。顔と顔を合わせて、いい言葉を自分で発見したいとのはっきりした意志を感じたので、七、八回も面談した。

「人生の贈りもの」といったって。私の歴史はイレギュラーなものだから、ほとんど普通の人には役に立ちませんよと冒頭に伝えたら、そういう人からいい言葉を引き出すのが、記者の仕事の醍醐味ですからと言う。その言や良しと付き合った。

 言葉通りにその記者は私についてよく調べ、基本的なこと、生い立ちや画業や気性に関しては驚くほど研究してくれていた。インタビューといったってほとんどの取材者はあまり基礎知識をもたずに筆者に会ってみようというタイプが多い中で、そのKさんは私の著書をよく読み返してくれているので私が恐縮するほどだった。その仕事もひと月ほどでようやく終わった。ところがいままでになく疲労感が残った。ソリが合わない人物ならそういうこともあるのだが、今回は楽しく話が進んでいったのに、いままでになく疲れた。どうしてだ?

 重ねて言うが、聞き手は丁寧だし、私に対しての感情は「好意」であると同時に私の感情は「感謝」である。ともに好意をもちながらの取材であるから、それほどの疲労感が残るはずはないのにいやに疲れた。それが何ゆえにかくまでの疲労感をもたらせているのかに、私は興味を抱いた。最近の私の興味のもち方は、こういう所に在る。

 私の体調が良くなかったとか、記者がしつこかったとかいうのなら簡単な理由で済ませられるのだが、今回はそういうことではない。何かあるはずだ。しばらく考えて、こういうことじゃないのだろうかと思い当たることを見つけた。

 訊き手と私の年齢差だ。三十五歳ほど離れている。

 幼い頃からの話から始めた。記憶にある光景としては昭和十五年の紀元二千六百年の国家的記念行事で、市電()が満艦飾に飾りをつけて夜じゅう走りまわっていたことだ。当時は夜になると真っ暗闇がふだんの光景だから、夜中じゅう明るい電車が走っているという非日常的な有様が、三歳の私の脳に残っている。というところから少しずつ思い出して話してゆくのだから大変だ。


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