『古代日本語の謎』2

<『古代日本語の謎』2>
父親から受け継いだ「古代日本語の謎」という本であるが、朝鮮語との類似、南洋民族との関わりなどが述べられています。
かなり専門的な本で、特に漢字の伝来について述べられているのが、興味深いのでおます。


【古代日本語の謎】
古代

江上波夫×大野晋編、毎日新聞社、1973年刊

<「BOOK」データベース>より
古書につき、データ無し

<大使寸評>
朝鮮語との類似、南洋民族との関わりなど、興味深い本であるが…
かなり専門的な本で、特に漢字の伝来について述べられているのが、興味深いのでおます。

Amazon古代日本語の謎


「古代日本語の謎」というシンポジウムで呉の国が語られているので、見てみましょう。
大野普(学習院大学教授・国語学)
頼唯勤(お茶の水大学教授・中国語)
p212~214
<漢語の文語音と口語音:頼>
頼:いま大野先生がいわれたようなことは確かにあるんです。これは状況判断で、確認できることではないのですけれども、中国のいわゆる漢語、日本語で中国語といっているもの、漢民族の使う漢語、これは黄河中流域に使われていたにすぎない。

 その周辺はほとんど違う異民族がいたらしい。特に東側、海に沿った地方はだいたい漢民族ではないはずなんです。揚子江下流は周の時代に有名な呉・越という国があったところです。呉の国はどうも純粋の漢民族とはいえないんじゃないか。系譜的にいうと周の一族なんですが、どうもあやしいところがある。越は完全に異民族で、これははっきりしています。

 その呉越はどのへんに位置していたかというと、普通は揚子江下流といいますけれども、実際上は越という国はいちばん北にのぼったときには山東半島のつけ根のところまできているわけです。そこに浪邪臺という都をつくっています。さっきから問題になっている邪馬臺は、私は浪邪臺の臺をとったと思うのです。

 というのは、ヤマトのトはトの乙類だとしても、あの臺という字はほんとうは濁音のdo(ドゥ)になるはずなんで、清音のto(トゥ)ではないわけです。なんでわざわざdoのほうを使ったのかということは、清音、濁音ということがあるから素人には簡単にいえないことだけれども、浪邪臺になぞらえてつけた可能性だって大いにあると思うんです。その意味で、このごろのように臺という字を台にしてしまうのはとんでもない間違いです。

 学術的な議論をする際にはもとのむずかしい臺という字を書くべきで、いまの台ですとあれは中古では濁音でなくまさしく乙類の清音のtoです。台と書いて議論したのでは論証が一つ欠落してしまう。これは雑談ですけれども、話を戻すと、そのへんまで越の国がきていた。

 だから、さっきちょっと話のありました南北の混交は日本でも起こったとは思いますけれども、中国でもありえたと思います。揚子江流域からもっと北にのぼって淮水という川がありますが、『詩経』によりますと、このちかくに淮夷蛮貊がいたらしい。貊などちょっとおもしろい。百済の百と諧声符が同じです。淮水の下流域でさえ混交がすでに起こって、それが日本にきたということだってありうると私は思っています。

 とにかくいまいった呉・越は周の時代にあった国ですが、それが漢の時代にはいりますと、『史記』などに書いてありますが、もう少し南方に下がっていまの福建省あたりに移ってくる。ビン越と言う名前を使います。それからその南方に南越というのがあります。その南越がもっとどんどん下がって、結局ベトナムになるわけで、ベトというのは越のことで、ナムは南ですから、南の越で修飾語と被修飾語が逆になって越南となる。要するに南越は、今はあそこまで下がっていますが、かつては中国大陸を占拠していたわけですね。

 そういう越民族の言葉の上に漢民族の言葉、つまり漢語が上からかぶさってきたということは確かに想定できることです。


ウーム 攻撃的で厚かましい漢民族、漢語という印象は、連綿として現代まで続いているようですね。

『古代日本語の謎』1

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