火の鳥 54

<火の鳥 54>
このところ新聞のスクラップとその記事のデジタル保存に勤しんでいるが・・・

なにしろ、コロナウィルス対応の自粛で読む本に事欠いてきたので、連載中のこの「火の鳥」を読んでみようかと思い立ったわけでおます。


デジタル朝日の記事をコピペしたので見てみましょう。

2020年5月23日火の鳥 大地編:54より


〈四章 東京 その七 赤い夕日の満州国〉の続き。要造は、火の鳥調査隊の4代目の隊長として、保の息子で陸軍少尉の緑郎を指名。家庭内のゴタゴタもあって、緑郎を自分と重ね、思い入れを強めるのだった。緑郎がタクラマカン砂漠に向かった後、石原莞爾、山本五十六とともに要造は「鳳凰機関」として、相談を重ねる。一方、日本国内では、軍部や右翼団体によるクーデターやテロが相次ぎ、不穏な空気が漂っていた。要造の継母・雪崩も標的となる。

 昨今、政治家や官僚が無能で、財閥と癒着もしていると、「政治の腐敗だ!」と責める若者が増えていた。軍縮時代になって苦労する若い軍人、低賃金にあえぐ都市労働者、飢饉(ききん)で飢えた東北の農民たち……。やがて、血盟団という政治団体の若者と、海軍の若き将校などが結託、翌二月、「一人一殺!」と東京でテロを起こした。

 予算を削るなど軍部に非協力的だった前大蔵大臣が、血盟団の青年により無残に撃ち殺された。翌三月、三井財閥総帥が三井銀行の前で、やはり撃たれ、命を落とした。ついで五月、海軍将校などが首相官邸を襲い、軍縮を進めた犬養毅総理を「問答無用! 撃て撃て撃てぇーっ」と惨殺! ついで日本銀行、変電所などに手榴弾を投げ込み、紙幣流通や電気供給を止め、帝都に戒厳令を敷かせようとした。

 このクーデターは空振りに終わったが、若い世代の不満は、社会の隅々に灰色の澱(おり)のように残った。政治家は自己の利益のために動き、財閥は民衆の血の一滴まで搾り取る。しかも官僚が彼らを擁護している。つまり今の日本には、一部の特権階級、いわゆる“上流の国民”なるものが存在してるのだ!

 これらは古くて腐敗したものだ。国家の敵! 打倒すべし! 解放されるべし! 今にして起たずんば日本は亡滅せんのみ! では、では、来るべき新しい世界とは何か? 何処(いずこ)に皇国日本の真の姿ありや? それは、かつての輝かしき明治維新で、新政府が成し遂げたような、天皇陛下を奉じた維新(革命)によってのみ達成されるべき偉業だ! 

 天皇の御意向を承けた軍部が政治を主導し、民族の誇りを胸に、国内を平等な社会にする。国外に向けては、一丸となって大陸進攻する。その時こそ、皇国日本は本来の輝かしい姿を取り戻せるだろう……。と、上海にいる私には国内のことはよくわからないが、海軍や血盟団員の青年たちの思想や市井の人々の不満を、こう推測した。市民の多くはテロを起こした若い軍人たちに同情的で、刑を軽くせよという嘆願書には百万人を超える署名が集まった。

 三田村財閥では、長男の硝子(がらす)が急ぎ東京に飛び、この非常事態を収めた。一月に雪崩を襲った青年も血盟団員だったのかは、はっきりしないままだが、念のため警備を厳重にして祖母を守った。ついで、東京駅近くに日丸(にちまる)劇場、日丸ホテルを建設。週末の無料コンサートなどを開き、東京市民に還元した。また上野公園の一角で低所得者向けの炊き出し“三田村鍋”を提供。日によって具を肉か魚か豆腐に、味付けも味噌か醤油か塩にと変化もつけて工夫。企業のイメージ挽回に努めた。硝子は危機管理能力が高く、雪崩も「要造さん。あの子は頼りになるよう」と喜んだ。

 クーデターそのものは失敗したが、政府における軍の力は結果的に強まった。再び騒乱になることを恐れ、陸軍大臣や海軍大臣に逆らい辛くなったためだ。翌一九三三年。スイスのジュネーブで行われた国際連盟の臨時総会において「満州国建国は日本の軍事行動によるものであり、認められず」と決議された。反対は日本の一票のみ、賛成四二票。日本は強く反発し、翌月、国際連盟を脱退した。

 国内はこれにワッと沸き、新聞紙面には〈さらば国際連盟!〉〈我が代表、堂々退場す!〉と大きな文字が躍った。満州国の肥沃な大地や埋蔵資源が日本の利益として守られたことに安堵し、同時に「皇国日本」と民族意識も高まっていった。街では、数年前までの軍縮時代が嘘のように、軍人人気が鰻登り! 子女の見合い相手にも引っ張りだこであった。

 ちょうどこのころ、岐阜で暮らす森漣太郎くんから「孫娘をどうぞ頼むよ」と手紙がきた。森くんの長男は、社会主義運動で憲兵に右足をやられた後、大学を中退し故郷に帰還。地主一家の入婿となり、森家の家督は次男が継いだ。その長男の娘が、陸軍大尉と見合い結婚し、上京するという。私は東京本社の雪崩に連絡し、彼女を後見してくれるようよくよく頼んだ。

 軍部の力が強まるにつれ、陸軍内部での派閥争いの噂が聞こえてきた。一九三五年の夏、上海の三田村家の応接間で、長男の硝子と晩酌しながら、「そりゃあ、人が三人集まりゃ派閥ができますよ、お父さん。ぼくらきょうだいと一緒だな。わはは」と息子の話を聞いた。

「どういうことだね」
「つまり、ぼくと麗奈は、お父さんと共存しながら、自己の利益を追求する派閥。汐風姉さんは、理想を追い求める派閥。麗奈は姉さんといまや犬猿の仲ですよ。子供のころはあんなになついてたのになぁ」

 二階の部屋から、蓄音機で音楽をかけて踊る麗奈のけたたましい笑い声が聞こえてきた。私は顔をしかめ、「そんなことはいまはいい……。それより陸軍はどうなっとるんだ? 一触即発の空気と聞いたが」と聞いた。

「はい。“統制派”と“皇道派”の争いがあるんですよ。前者は、今あるシステムを利用しつつ、自己の利益となるよう、その解釈を強引に捻曲げる。そして時に国家を私物化することもある。あぁ、“満州国を作った關東軍の者たち”とも精神性が近いかもしれませんねぇ。彼らも、様々な解釈を勝手に変えた上で、戦争を起こし、後から軍部や政府に認めさせたわけですから」

「なるほど。それはおまえもときどきやる方法じゃないか。私に無断で業務を行い、後から報告し、結果的に認めさせる」

「おっと……。そう、まさにぼくが三田村家の統制派ですよ。はははは! そして、対する皇道派は“先だってのクーデターを起こした者たち”でしょうかねぇ。政財界の腐敗を正し、天皇の下にある軍国社会、平等な世の中を実現すべし。その理想実現のためにまっすぐな行動に走る。ま、駆け落ちを敢行した汐風姉さんは、こっちに近いのかも。ははは」

「なるほどなぁ……」
 と、息子とそんな話をしているうち、満州国に新しい憲兵隊司令官が赴任してきたと聞いた。この男がどうも噂の統制派らしい……。翌週、新京のヤマトホテルで硝子と食事していると、たまたま、部下を連れてどやどやと入ってきた。私は愛想よく同席を勧め、

「さて、大陸の印象はどうですかな。――東條さん?」

 真ん丸のロイド眼鏡に口髭を生やし、生真面目そのものの風貌をした新司令官、東條英機少将は、広い額に汗を浮かべ、背筋をピンと伸ばし、

「立派なビルが建ち並び、通りには馬車がひっきりなし。様々な民族が歩道をそぞろ歩く。郊外には大農園や工場群……。まさに圧巻ですな! しかし、私が最も胸打たれたのは、到着した朝に見た、大陸の地平線から上がる灼熱の太陽です。まるで日章旗! 皇(すめらぎ)の道、陛下の軍隊を率いる者として、大陸での職務に努めんと、私は決意を新たにいたしました」
「ほぅ、なるほど……」

 東條英機は、大陸の南西地方で好まれる唐辛子入りの豆腐料理を注文した。硝子が気を使い、「辛すぎて食べられませんよ。店員を呼び戻し、別のものに変えさせましょう」と忠告すると、東條は「私は一度決めたことは変更いたしません」とにべもなく断った。やがて真っ赤な一皿が運ばれてくると、一口食べ、「なるほど。とんでもなく辛いですな、三田村さん」と驚いたが、「心頭滅却すれば火もまた涼し!」と食べきってしまった。翌週の夜、硝子が上海のレストランで同じ料理を注文し、口にして、「いや、やっぱり辛い。内地(日本)の人には食べられないはずだがなぁ」と首を傾げた。

 さて東條司令官は、赴任早々、憲兵の意識改革に取りかかった。ロイド眼鏡と口髭が特徴的な自身の大きな写真をたくさん刷り、満州中の憲兵分駐所の壁に貼りつけて「共産主義者、社会主義者の摘発」を厳命した。すでに国内では、一九二八年の治安維持法(国家のあり方に反対する社会運動を取り締まる法律)改定以来、共産主義者は弾圧され、姿を消していた。共産主義は「すべての人間は平等」と考えるため、結果的に、天皇制を否定していたためだ。満州国も、東條英機によって、国内のこの流れに続いたのだった。

 翌一九三六年の二月二十五日早朝。
 私が目を覚まし、肌寒さに震えながら階下に降りると、夜遊び帰りのチャイナドレス姿の麗奈が待っていた。欠伸(あくび)交じりに「明け方、石原のおじちゃまからお電話があったわよ。お父さま」と言う。

「ずいぶん興奮していらっしゃったわ。間久部くんは無事だとか、背中に怪我(けが)してるとか、なんとか。あと、お父さまにこう伝えろって、繰り返しおっしゃってた。――“鳳凰が砂漠より降り立つ”って!」


火の鳥 53

この連載小説の背景ともいえる満州に関しては浅田次郎さんの日中戦争前夜 絡み合う思惑がお奨めです。

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