『習近平の中国』3

<『習近平の中国』3>
中国大使をつとめ、習近平を知悉する著者が語る中国の実情とのこと・・・
本屋で立ち読みしていて衝動買いしたのです。

コロナウイルス対応の図書館閉鎖の折、読む本に事欠いてきたので・・・
書棚からこの本を引っ張り出してきたのです。
調べてみたら2回目の再読になるので、(その3)としたのです。


【習近平の中国】
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宮本雄二、新潮社 、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
猛烈な反腐敗闘争、戦後秩序を揺さぶる外交攻勢、急減速する経済の立て直しー。二〇一二年の総書記就任以来、習近平は猛烈なスピードで改革を進めている。基本的な方向性は間違っていない。しかし、まさにその改革によって、共産党一党支配の基盤は崩れていかざるを得ない。危ういジレンマに直面する中国は今後、どこに向かうのか。中国大使をつとめ、習近平を知悉する外交官が描いた「苦闘する超大国」の実情。

<読む前の大使寸評>
中国大使をつとめ、習近平を知悉する著者が語る中国の実情とのこと・・・
本屋で立ち読みしていて衝動買いしたのです。

bunshun習近平の中国


中国の軍拡あたりを見てみましょう。
p182~186
<「軍事大国で当然」と考える中国人>
 習近平の唱える「中国の夢」にでてくる「国家の富強」という言葉は、トウ小平の時代からある言葉で、別に習近平の専売特許ではない。明治日本のスローガンも「富国強兵」であったことが思い出される。

 山田辰雄は、20世紀中国には一貫して存在していた国民的なアイデンティティがあると言う。一つは強い中国をつくりだす、つまり「富強」。もう一つが中国の伝統的アイデンティティ、つまり中国を中心とする世界秩序なるものを取り戻したいということだ。

 私は長い間、中国人と付き合ってきて、とにかく中国は強くなければならず、大国にふさわしい軍事力を持つべきだと多くの人が自然に考えていることに気付いた。それは、近代中国の屈辱の歴史が、彼らの心にトラウマとして残っていることの証しでもある。

「中国の夢」の中に「強軍の夢」が含まれている。現に習近平もそう発言している。これまで中国は、長い間、強大な軍事力を持つことはできなかった。持ちたくても持てなかったのだ。それを可能とする経済力がなかったからだ。

 だから毛沢東は侵略者を内陸に引き込み、人民の海の中でおぼれさせる「人民戦争論」を打ちだした。そして米ソの核兵器は「張子の虎」だとも言い放った。しかし、すべてを犠牲にしてでも核兵器の開発に突き進んだのも毛沢東であった。少量を保有するだけでも超大国に対抗できる核兵器の意味を正確に理解していたからである。

 トウ小平は軍隊の建設を含む国家の建設は、経済力、さらにはそれを支える科学技術の力がないと不可能なことはよく分かっていた。だからあらゆるものの基礎である経済の発展を最も重視した。そして軍事戦略をより合理的なものとし、80年代に兵員の数も大幅に減らし、国防予算も減らした。当時の政策のプライオリティが圧倒的に経済発展にあったからだ。

 だが90年代以降、中国の国防費は大幅に増額されていった。90年に290億元であった国防予算は、00年には1205億元へ、そして10年には5190億元へと急増している。ただストックホルム国際平和研究所の推計によれば、GDPに対する国防費の比率に大きな変化は見られない。90年に対GDP比2.5%であったものが、00年は1.9%、10年は2.1%とほぼ2%の線を維持している。

 つまり中国経済の急速な成長が、国防費を増大させ、軍の近代化を推進することを可能としていたのである。10年のアメリカの国防費の対GDP比が4.8%であり、インドのそれが2.7%であったことを考えると、中国には数字的な余裕さえ感じられる。ちなみに日本はほぼコンスタントに対GDP比1%を維持している。
 ついに中国は、強大な軍事力を作り上げることのできる経済力を手にしたのだ。

<「外に出る軍隊」となった人民解放軍>
 経済の発展に支えられて中国の国防費は増え続け、予算ベースでは07年に、国防費ベースでは04年に日本を追い越し、アメリカに次ぐ世界第二位の国防費を誇っている。それでもまだアメリカの4分の1に過ぎない。

 国防費の額に加え、アメリカのこれまでの長期にわたる蓄積や技術開発力を考えると、中国の軍事的な実力はアメリカにはるかに及ばない。だが着実に増強はされており、アメリカのアジア太平洋戦略にも大きな影響を及ぼし始めている。それは人民解放軍の次の二つの変化によってもたらされた。

 一つは、中国の対台湾軍事戦略の中身が変化したことによる。中国の侵攻を阻止できるいかなるシナリオも台湾側に持たせないというのが、人民解放軍の一貫した基本戦略であった。そういうシナリオを一つでも持つと台湾が独立しかねないことを恐れたのだ。

 この台湾独立阻止の基本戦略は不変だが、中身が変わった。第三次台湾海峡危機(95~96年)が、それに大きな影響を与えたことは間違いない。台湾の李登輝総統の対中政策に不満だった中国は、96年の台湾の総統選挙に圧力を加える目的で、人民解放軍による台湾海峡でのミサイル発射訓練を実施した。

 さらに台湾海峡南部で海空の軍事演習を行った。これに対しアメリカは、台湾付近に空母インディペンデンスを含む第7艦隊を派遣した。そして台湾海峡をこれ見よがしに通過した。いざとなれば台湾を守るぞ、という明確な意思表示であった。

 中国側はこれ以降、現実問題として、台湾解放シナリオに米軍の関与を想定せざるを得なくなった。つまり、いかなる状況でも必ず台湾を解放できるようにするためには、米軍の台湾への接近を許さないようにしなければならなくなったのである。


『習近平の中国』1:中国脅威論p216~218、王朝崩壊のメカニズムp133~135
再読『習近平の中国』:腐敗問題p74~77、三農問題p151~153、中国脅威論が理解できないp216~218
『習近平の中国』3:中国の軍拡p182~186

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