『千年の祈り』3

<『千年の祈り』3>
図書館に予約していた『千年の祈り』という本を、待つこと6日でゲットしたのです。
中国人の書いた小説といえば・・・以前、『紙の動物園』という作品を読んだように、わりとハマッているのです。

なお、著者はこの短編集を英語で書いているそうで、大使としては言語的な興味もあるのです。

【千年の祈り】


イーユン・リー著、新潮社、2007年刊

<「BOOK」データベース>より
父と娘のあいだに横たわる秘密と、人生の黄昏にある男女の濁りない情愛。ミス・カサブランカとよばれる独身教師の埋めようのない心の穴。反対を押し切って結婚した従兄妹同士の、平らかではない歳月とその果ての絆。―人生の細部にあらわれる普遍的真実を、驚くべき技量で掬いとる。北京生まれの新人女性作家による、各賞独占の鮮烈なデビュー短篇集。第1回フランク・オコナー国際短篇賞受賞!PEN/ヘミングウェイ賞受賞。ガーディアン新人賞・プッシュカート賞受賞。New York Times Book Reviewエディターズ・チョイス賞受賞。The Best American Short Stories2006収録。グランタ「もっとも有望な若手アメリカ作家」2007選出。

<読む前の大使寸評>
中国人の書いた小説といえば・・・以前、『紙の動物園』という作品を読んだように、わりとハマッているのです。

<図書館予約:(3/25予約、3/31受取)>

amazon千年の祈り




映画「カサブランカ」のエピソードを、見てみましょう。
p110~113
<市場の約束 Love in the Marketplace>
 生徒たちの間で、三三はミス・カサブランカの名で通っている。人の気も知らないで、みんなあてつけがましい笑みを浮かべながらそう呼ぶのだが、それさえ気にしなければきれいなあだ名だし、三三も知らんぷりしている。

 三十二歳の彼女には、夫も恋人も親しい友人もいない。大学を出てから、生まれ育った小さな町の師範学校で英語を教えているが、この仕事もはじめはすぐやめるはずだったのに、ずっと続けることになってしまったのだった。この十年間、彼女は授業で映画『カサブランカ』を上映している。

 どのクラスでもやるので一学期五、六回は観ることになるのだが、生徒たちの反応には慣れっこだから、もう耐えられるようになった。中国語の吹き替えも字幕なしではじめてちゃんと見るアメリカ映画を、最初はみんなかしこまって観ている。がんばって会話を聴きとろうとしているのもわかる。といっても、せいぜいところどころで一言か二言聴きとれるぐらいだが、筋はなんとなく理解できるらしく、きまって授業が終わる頃には数人の女の子が目をうるませている。

 でも、生徒たちはすぐに興味をうしなってしまうのだ。スクリーンで女たちが泣くといっせいに笑うし、男が女にキスをすると口笛が鳴る。あげく、三三は教室のおしゃべりがまじった音声を聴きながら、一人で映画を観ることになる。
 午前の授業をそんなふうに進めていると、誰かがドアをノックする。でも非常事態でもないかぎりビデオテープは止めない。

 三三がドアを開けると、用務員がいる。「お母さんが外でお待ちですよ。会いたいそうで」
「用件は?」
「何も言ってませんでした」
「授業中なのを知ってるでしょう」
「外で待っているのはお母さんですよ」用務員の片足が、ドアの内側で踏んばっている。
 三三は用務員を一瞬見つめ、ため息をつく。「わかったわ。すぐ行くと言ってください」生徒たちが興味しんしんでこちらを見ている。彼らに映画を見ているように言うけれど、言うことを聞かないにきまっている。

 母親は学校の門を出たところにいた。毎日市場へ押していく木製の屋台にもたれている。炭火のこんろ、アルミの大鍋、玉子、香辛料の瓶、小ぶりな木の椅子を積んだ屋台だ。四十年の間、母親は駅前の市場で煮玉子を売ってきた。客のほとんどは旅人である。明けても暮れても小さな木の椅子に座っているうちに、母親は背の丸い小さな女になった。会うのは父親の葬式以来一年ぶりである。髪が白く、薄くなっている。何年もしないうちに三三の髪もこうなるだろう。でも、どちらの髪のことにもことさら心が動かない。

「母さん。わたしをさがしてるんですって?」三三は声をかけた。
「こうでもしないと、おまえが生きているかどうかわかりゃしない」
「あら、みんなわたしのことあれこれ告げ口してるんだと思ってたわ」
「みんなが言うことは嘘かもしれないだろ」 
「もちいろん嘘っぱちよ」三三は笑顔を見せる。
「でも、みんなが噂するのは誰のせいかね」
「みんなのせいでしょ」
「おまえは恥って言葉を知らないのかい」 
「恥を知れって言うために来たの? それならもう知ってます」
「おまえが娘だなんて、あたしはよっぽど罰当りなことをしたんだろうよ」声がきつくなる。道行く人たちが歩をゆるめ、にやつきながらこちらを向く。

「母さん用件は何。忙しいのよ」
「おまえが親を亡くすのももうすぐだね。そのうち母さんはおまえの噂に押し流されておだぶつさ」
「噂なんかで人が死ぬもんですか」
「じゃ、なんで父さんは死んだんだい」
「父さんを落ちこませたのはわたしだけじゃないわよ」とはっきり言おうとするのだが、急にこみあげてくる悲しみに喉をしめつけられる。父親は生前、ガスと水道のメーターの検針員をしていた。いつも夕飯どきに家々のドアをノックして、上がり続ける料金に怒る人々の前で、肩身のせまい思いをしながらメーターを読む。ある晩、父親は仕事がひけてから姿を消し、あとで町のそばにある池で子供たちに発見された。体が、さかさまに突き刺さっていた。池は底が浅く、いちばん深いところでも腰の高さしかない。たぶん飛びこんだ勢いで泥に突っこんだのだろう。そのいきさつも動機も、よくわかっていない。でも母親は、三三が結婚しないから死んだと思っている。

「思えばおまえが大学へ入ったときは、父さんも母さんも世界一の親になったって思ったのに」思い出と涙に、母親がひたろうとしている。

『千年の祈り』2:千年の祈り
『千年の祈り』1:あまりもの 

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