『「王権誕生」日本の歴史第2巻』4

<『「王権誕生」日本の歴史第2巻』4>
この本は父親の蔵書を継ぐものであるが・・・
水稲は、列島をどのように変えたのか。なぜ、戦争が始まったのかと、とにかく読みどころが多いのである。


【「王権誕生」日本の歴史第2巻】


寺沢薫著、講談社、2000年刊

<「BOOK」データベース>より
水稲は、列島をどのように変えたのか。なぜ、戦争が始まったのか。群雄割拠した国々は、いかに統合され、王権成立へと至ったのか。そのとき卑弥呼はどこにいたのか。最新の考古学が古代の謎を解く。

<大使寸評>
この本は父親の蔵書を継ぐものであるが・・・
水稲は、列島をどのように変えたのか。なぜ、戦争が始まったのかと、とにかく読みどころが多いのである。

Amazon「王権誕生」日本の歴史第2巻


「エピローグ」で、縄文文化と弥生文化を、見てみましょう。
p348~349
<世界のなかの弥生文化>
 東アジア海東の一列島が王権誕生に向けて揺れ動いたのは、水稲農業が北部九州に本格的に定着した前四世紀から数えて約六百年間の弥生時代のことだった。倭人はこの島の各地でしだいに部族的な国家を形成し、ついには倭国と呼ばれる王国を誕生させることで、東アジアの政治的秩序へと参入していったのである。この間、世界ではすでに帝国形成の段階に突入していたが、倭国誕生への道程自体、東アジアに強大な勢力を繰り広げた漢帝国との政治的関係なしには考えがたいことなのである。

 ところで世界の各地では、農耕が始まってから王権が誕生するまでの間に大きな時間の隔たりがあるのに、日本列島ではきわめて短時間に王権を形成させた。このことの理由を、稲作のもつ生産力や弥生農業の生産性の高さに求める議論がある。人類史がある意味では科学技術の進歩と生産力発展の歴史であったことは認めるが、本書ではあえて、日本列島の国家や王権形成の早さは生産力論や経済基盤の観点からは説明できないことをみてきた。

 それは、成熟した水稲農耕文化が選択的に一気にもたらされたこと、可耕地の狭さからくる農業技術の環境適応性と労働力編成の集約性、そのことによる共同体の紐帯や意識の強さ、戦争勃発の早さと共同体の重層的な階級関係の達成、そして日本的農耕儀礼の確立と王権支配観念への転化というソフト面での整備の早さ、である。

 加えて、帝国からの恒常的な国際化の刺激は、この国の帝国のミニチュア版としての創造を強く加速することになった。歴史はもっとダイナミックに息づいている。

 前三世紀末の弥生時代前期末には早くも国家が形成され始めたとする主張も、本書での大きな柱である。「日本国家の誕生」と言うとき、「日本」という国号の誕生に象徴されるように、第三権力としての国家権力が整備された律令国家の形成を念頭におくだけではなく、共同体幻想同士がぶつかり合う姿や対外的権力としての共同体意志の発揚を、日本列島の倭人社会の国家誕生の問題として見すえる必用があることを強調した。

 つまり、日本列島という領域や七世紀の「日本」という枠組みとはまったく無関係に、この国の国家の原型は各地の「クニ」(大共同体)であることを述べた。それが、近代国家という完成された国家の根底をも貫く最大公約数的な本質でもある、と思う。

 そして、弥生時代は国際化の始まりだとも書いた。もちろん縄文人の方が、北に南に海を越えて弥生人以上に奔放な移動や交流を行っていた感もないではない。弥生人の国際化とはむしろ、「政治的意図をもって歩き始めた」始まりだということである。しかし、じつはこの差が歴史に決定的な差をもたらす。

 弥生時代になって、自由闊達なはずの国際化は逆に国家の枠組みを強く意識し、ナショナリズムを強化する方向に作動した。歴史を縄文時代に戻すことなどできはしない。未来の真のグローバリズムは、このグローバリゼーションと表裏一体の「お国意識」と「民族意識」という二重のタガが外れない以上、到来しようがないかもしれない。


ウーム かなり難しい論調であるが・・・
考古学から国家形成史をめざすところに著者の特徴があらわれているんでしょうね。よう分からんけど。

『「王権誕生」日本の歴史第2巻』3:戦争のはじまりp126~128
『「王権誕生」日本の歴史第2巻』2:水稲農耕の伝来p50~51
『「王権誕生」日本の歴史第2巻』1:水稲農耕の伝来p44~48

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