『新・韓国風土記 第一巻』2

<『新・韓国風土記 第一巻』2>
本棚に積読になっていた本であるが、8年ぶりに読んでみようと思いたったのです。
・・・なにしろ、神戸市の図書館が閉鎖中で、読む本に事欠いてきたもんで。

この本は、全5巻シリーズの第一巻とのこと。


【新・韓国風土記(第一巻)】
韓国(画像は第4巻)
安宇植編、読売新聞社、1989年刊

<「BOOK」データベースより>
朝鮮王朝の都として発達したソウル、海の守りの要衡釜山、収奪に耐え観光立国を実現した済州島。檀君神話の昔から「漢江の奇跡」の現代まで、ソウル、釜山、済州島が歩んだ独自の道を俯瞰する。

<大使寸評>
父の本棚で見つけたこの本もアマゾンで出ないので、古書ということだろう。
80年代のソウル、釜山を韓国人が綴った内容となっています。

webcatplus新・韓国風土記(第一巻)




「第4章 ひとつの貌で五百年」で、両班を見てみましょう。
p85~86
<両班の体面>
 漢城府の両班は奴婢を使うことが定めとなっていた。奴僕は薪や米、おかずの買い出しから馬方、輿かきなど、もっぱら外部とかかわりのある仕事のほとんどを引き受け、下婢は主として煮炊き、洗濯、掃除などを受け持った。裕福な両班の家庭ともなると、これとは別に煮炊き専門の下婢やお針専門の下女、あるいは乳母などを雇い入れたり、主人のこまごまとした用事をたす小者を雇い入れたりした。

 奴婢が夫婦である場合、その子供を加えた全員が主人の所有に帰する定めとなっていたから、これを雇っている間は寝起きする場所と三度の食事を主人が負担したうえ、別途に労賃を払わねばならなかった。したがってこえらの下女や小者は、主人の都合によっては雇用関係を解消されてお払い箱になることもあった。けれども、奴婢の場合はたいていが証文によってその身分を縛られていたため、私有財産同様に扱われ、労賃などびた一文も払われなかった。

 奴婢は親の代から引き継がれるのが一般的であったが、ときには権力争いに敗れて没落した両班やその妻子を、中央政府が奴婢の身分に落として官庁や両班の屋敷に配当することもあった。また孤児など生活能力に欠ける者が両班に拾われて養育され、奴僕として仕えることもあった。

 ただヨーロッパやアメリカなどとは事情が異なり、朝鮮王朝時代の奴婢は売買の対象にはならなかった。それでも生殺与奪の権限は主人にあったから、主人がこれを殺害しても罪に問われることはなかった。よんどころない事情で奴婢を使うことができなくなると、両班はこれを知己や一族に無償で譲り渡したり、まれには奴婢の身分を縛っている証文を焼き捨てて、自由な身分にしてやったりした。

 奴婢を使用することなど思いもよらない貧乏両班も、表向きはそれを使っているように取りつくろった。そのため貧乏両班の婦女は、煮炊きや洗濯、掃除などの家事は、いつも人目を避けて片づけなくてはならなかった。家事の途中で来客があったりすると、それを中断して何食わぬ顔で客と応対した。これは、肉体労働は両班の威信と品位を汚すものと思いなされていたからである。


ソウル、釜山の歴史 byドングリ

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