『暦と行事の民俗誌』3

<『暦と行事の民俗誌』3>
図書館で『暦と行事の民俗誌』という本を手にしたのです。
ぱらぱらとめくると、画像の多いビジュアル本である。
それから昨今の太子の関心は、天体観測から生活感のある暦に移りつつあるわけです。


【暦と行事の民俗誌】


佐藤健一郎, 田村善次郎著、八坂書房、2019年刊

<「BOOK」データベース>より
日本独特のカレンダー・暦。日本に古くから伝わる様々な暦とその歴史をたどりつつ、四季折々の行事や歳時を紹介し、日本人にとっての一年を立体的に解説する。日本の行事にちなんだ凧・だるま・注連縄・人形など、写真・図版多数収載。

<読む前の大使寸評>
昨今の太子の関心は、天体観測から生活感のある暦に移りつつあるわけです。

rakuten暦と行事の民俗誌


花見の次に月見を、見てみましょう。
p173~175
<月見と月待と>
 月づきに月みる月は多けれど 月みる月はこの月の月

 三日月 上弦の月 満月 下弦の月 天体の運行にしたがってさまざまに形をかえながらも月は空に浮び、人の世を照らし続けてきた。新月がしだいに太って望月になり、また細くなって消える。消えた月はまたあらわれる。変化は多様であるが、また規則的である。

 私たちの遠祖たちは夜ごとにかわる月になにを見、なにを感じたのであろうか。人の力の及ばざる神秘なる世界に想いをいたしたのではなかったか。そして不死を見、死と再生を感じたのであろうか。

 日本人は人知、人力の及ばざる神秘なる世界をカミと総称した。そしてあがめ、いのり、ねがった。
 人の世の幸ならんことを。世の中の良からんことを。

 月もまた私たちの祖たちにとってカミが垣間見せる姿ではなかったか。
 日本人は垣間見るカミの姿にカミの意志を読みとろうとした。そして世の中や人生を予知しようとした。いのりをこめ、ねがいをかけて。

 みることはそのもののなかにこめられた意志をよむことである。
 月を見るのは月にこめられた神秘んるものの意志を読みとることであり、それに従って自らの行動を律することであったに違いない。

 月みる月は多かった。公家や文人墨客の世界では仲秋の名月、つまり旧暦八月十五夜の望月が月みる月といわれるようになっていったのだが、旧暦九月十三夜の月もまた後の名月といわれ見るべき月であった。そして現在、そうは考えられていないのが盆の月も見るべき月ではなかったかと思うのである。
 盆に帰ってくる祖霊は十三夜の月の光と共に迎えられ、十六夜の月の光に乗って送られたものではなかったろうか。十五夜の頃に行われる行事は秋に限らず多いのである。

 正月の三日月、正・五・九月の十七夜、二十三夜、あるいは二十七夜の月もまた月みる月であった。この日、月待をする風はまた日本全国にわたって広く見られるのである。
 ツキマチのマチは待の字をあてているけれども、このマチは単にまつことであったろうか。
(中略)

 月待もまたお月見と同じ意味を持つものであった。月見が、より多く家庭内での行事として伝承されてきた故か、月を賞でるという意味あいを強くしているのに対して、月待は、共同体の行事としておこなわれることが多く、忌み籠りや年占いの風を多く残しているようだ。


『暦と行事の民俗誌』2:「長屋の花見」考
『暦と行事の民俗誌』1:行事十二ヶ月の4月

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