『某』1

<『某』1>
図書館に予約していた『某』という本を、待つこと5ヵ月ほどでゲットしたのです。

この本は小川洋子さんが『博士の本棚』で奨めていたので、即、図書館予約したものです。
この本はSFではなくてファンタジーのようですね。太子の好きなジャンルとはいいがたいが・・・とにかく読んでみるか。


【某】


川上弘美著、小学館、2019年刊

<「BOOK」データベース>より
名前も記憶もお金も持たない某は、丹羽ハルカ(16歳)に擬態することに決めた。変遷し続ける“誰でもない者”はついに仲間に出会うー。愛と未来をめぐる、破格の最新長編。

<読む前の大使寸評>
この本はSFではなくてファンタジーのようですね。太子の好きなジャンルとはいいがたいが・・・とにかく読んでみるか。

<図書館予約:(10/27予約、4/05受取)>

rakuten


冒頭の語り口を、見てみましょう。
p5~7
 お名前は、と聞かれたけれど、答えることができなかった。
 年齢は、性別は。
 どれも、わからない。

 病院の受付の、水色の上衣を身につけた女性は、ほとんど空欄の問診票に鉛筆で書きこみを軽く加えながら、頷いた。それでは、地下一階の2番診察室の前でお待ちください。彼女からの質問に答えあぐね続けていたわたしに向かって、不審な顔をするでもなく、てきぱきと指示する。

 階段を下りると、薄黄色い光に照らされた廊下のずっと先に、「2」という番号が見えた。足もとが、いやにふわふわする。雲の上を歩いているみたい。という言葉がうかび、首をふる。言葉の意味はわかるけれど、その言葉のあらわす「実感」というものが、まったくわからなかった。果して今までにわたしは、雲の上を歩いたことはあったのだったか。

 ほどなくして2番の扉が開き、手招きされた。
「ささ、入って入って」
 立ち上がり、開いた扉の中へと踏み入った。白衣を着た男性が、にこやかな表情で立っている。問診票をざっと眺め、男性はおもむろに言う。
「名前も、性別も、年も、わからないんですね」

 男性は、楽しげだ。名前と性別と年齢がわからないという事実は、人をほがらかにさせるものなのだろうか。
「痛みや熱は、ありますか?」
 男性は、にこやかな顔のまま、訊ねた。
「いいえ」
 そう答えると、男性は回転椅子に腰をおろした。

「でも、雲の上を歩いているみたいで」
 わたしが続けると、男性はうなずいた。白衣の胸にとめられた名札に「KURA」とある。「あの、わたし、今まで雲の上を歩いたことがあるんでしょうか」
 男性に、聞いてみる。
「ないでしょうね、たぶん」
「ないんですか」
「ええ、人間は、ふつう雲の上を歩くことはできませんから」

 なんだ一般論かと、少しがっかりする。男性がわたしのことをよく知っていて、その結果わたしが雲の上を歩いたことがないと答えてくれたのかと、一瞬期待したからである。
「あなたは、クラさん、とおっしゃるのですか」
 気を取り直し、男性にまた聞いてみる。
「はい、蔵です。蔵利彦といいます。医師です」
 医師という言葉の意味も、わかる。病気を治療する職業に従事している者のことだ。

「では、わたしは病気なんですね?」
「それはまだわかりません」

 蔵利彦は、椅子に座ってわたしを見上げている。よかったらあなたも座ってください。続ける。わたしは蔵利彦のすぐ目の前にある小さな椅子にすとんと腰をおろした。
「なぜ病院に来たのかも、よくわからなくて」
「今までの記憶が、全然ない、と。いちばん古い記憶は、どんな記憶ですか」
 蔵利彦は、問診票を覗きこみながら、聞いた。

「受付の水色の上着の女性に、問診票の内容について確認されたあと、地下一階、2番扉の前で待て、と言われた、それがいちばん古い記憶です」
 わたしは、即座に答えた。ほんとうは、しばらく考えてから答えた方がいいような気もしたのだが、受付に来るより前の記憶は、実際のところまったくなかったのだ。
「それは、今からどのくらい前の記憶ですか」
「たぶん、十分くらい前だと思います」
 蔵利彦は、満足そうなため息をついた。

ネタバレになるが・・・
蔵医師によって丹羽ハルカと命名された「わたし」は、このあと性転換して野田春眠となる驚きの展開が続くのです。

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