内田先生かく語りき(その17)

<内田先生かく語りき(その17)>
「内田樹の研究室」の内田先生が日々つづる言葉のなかで、自分にヒットするお言葉をホームページに残しておきます。
内田

最近は池田香代子さんや、関さんや、雨宮さんなどの言葉も取り入れています。
(池田香代子さんは☆で、関さんは△で、雨宮さんは○で、池田信夫さんは▲、高野さんは■で、金子先生は★、田原さんは#、湯浅さんは〇、印鑰さんは@、櫻井さんは*、西加奈子さんは♪で区別します)

・『人口減社会の未来学』から
・「サル化する世界」についてのインタビュー
・映画『Workers被災地に起つ』神戸・元町映画館でのアフタートーク
・週刊金曜日インタビュー
・桜を見る会再論
・『Give democracy a chance』2
・『Give democracy a chance』1
・沈黙する知性
・China Scare
・[週刊ポスト」問題について
・『低移民率を誇る「トランピアンの極楽」日本の瀕死』
・『ネット右翼とは何か』書評
・『最終講義』韓国語版あとがき
・『「そのうちなんとかなるだろう」あとがき』
・『参院選にあたって』
・『廃仏毀釈について』
・『論理は跳躍する』
・『「おじさん」的思考』韓国語版序文
・『市民講座』韓国語版のための序文
・空虚感を抱えたイエスマン
・大阪万博という幻想
・外国語学習について
・大学院の変容・貧乏シフト
・『知日』明治維新特集のアンケートへの回答
・カジノについて
・中国の若者たちよ、マルクスを読もう
・『街場の憂国論』文庫版のためのあとがき
・直言3月号「韓国の教育と日本のメディア」
・人口減社会に向けて
・時間意識と知性
・Madness of the King
・吉本隆明1967
・大学教育は生き延びられるのか?
・こちらは「サンデー毎日」没原稿
・奉祝「エイリアン・コヴェナント」封切り
・米朝戦争のあと(2件)
・気まずい共存について

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内田先生かく語りき8目次

(目次全文はここ)

(その17):「『人口減社会の未来学』から」を追記



25020/03/18『人口減社会の未来学』からより
 この文中の「人口減」を「コロナウィルス禍」と書き換えても、ほとんどそのまま使えるということに気がついた。そのつもりで読んで頂きたい。
(中略)

 ところが、僕たち日本人はこの起こるかも知れないことについて「心の準備をする」ということがどうも大変に苦手らしいのです。

 上の依頼文の中で、人口減社会の未来予測は「世界各地で同時多発的に、いくつもの領域で始まりつつある」と僕は書きました。たしかに海外では数年前から「脱成長論」や「定常経済論」が重要な論件になってきています。でも、日本社会にはそれが喫緊の論件だという切迫感がまだありません。それが不思議です。なぜなら、日本は世界で最初に超少子化・超高齢化のフェーズに突入する国だからです。

 かつて世界のどんな国も経験したことのない、歴史上前例のない局面に踏み込む。にもかかわらず、「その時何が起きるのか?」についての予測がなされていない。僕のような経済学とも人口学とも制度論ともまったく無縁の人間が「こんな本」の企画の編者に呼ばれるのは、率直に言えば、専門家がこの議論を忌避しているからです。

「人口減社会の予測や対策は専門家にお任せください。素人さんが出しゃばることないです」と専門家が言ってくれるなら、僕だって心配しません。そもそも僕のような素人のところにこんな企画が回ってくるはずがない。でも、現に僕は「こんな文」を書いている。この事実そのものが、日本人が人口減社会に対する備えができていないことを証拠立てています。

 もう一度言いますけれど、僕たち日本人は最悪の場合に備えて準備しておくということが嫌いなのです。「嫌い」のなのか、「できない」のか知りませんが、これはある種の国民的な「病」だと思います。

 戦争や恐慌や自然災害はどんな国にも起こります。その意味では「よくあること」です。でも、「危機が高い確率で予測されても何の手立ても講じない国民性格」というのは「よくあること」ではありません。それは一つ次数の高い危機です。「リスク」はこちらの意思にかかわりなく外部から到来しますが、「リスクの到来が予測されているのに何も手立てを講じない」という集合的な無能は日本人が自分で選んだものだからです。「選んだもの」が言い過ぎなら、「自分に許しているもの」です。

 人口減そのものは天変地異ではありません。自然過程です。キャリング・キャパシティを超えた人口膨張に対して、人類が生き延びるために無意識的に選択しつつある集団的な行動です。





2020/03/03「サル化する世界」についてのインタビューより

ある新聞からインタビューの申し入れがあった。メールでのQ&Aの方が面倒がなくてよいですと言ったら、質問票を送ってきたので、さらさらと書いて返送した。

1)本書を上梓しようと思われた動機・きっかけを教えて下さい。
 素材の多くはブログ記事と他の媒体にすでに発表したものです。文藝春秋の山本浩貴さんがその素材を「料理」して作ってくれた本ですので、僕の側に積極的な「動機」があったわけではありません。ただ、山本さんが本を作ろうと思ったきっかけになったのはブログに上げた「サル化する世界」というタイトルのインパクトが強かったせいみたいです。

2)タイトルにある「サル化」の意味を改めてお願いします
「朝三暮四」のサルは今腹一杯になれるなら、未来の自分が飢えることを気にしません。過去から未来にわたる広がりのある時間の流れの中に身を置いて、今ここでなすべきことを思量するという習慣を失った現代人の傾向を「サル化」と呼んだのです。

3)この100年で、日本人はどのように変わったと思われますか。
 最も変わったのは基幹産業が農業から製造業へ、そしてさらに高次の産業に遷移したことです。「価値あるもの」を創造するに要する時間がどんどん短縮されてきた。100年前は「植物的時間」の中で人々は生きていましたが、今の株取引はマイクロセコンド単位で行われます。それのせいで広がりのある時間の中でものを考える習慣を失ったのだと思います。

4)いま、日本の教育界にとって喫緊の課題は何だと思われますか。
 子どもたちがゆっくりと自分のペースで成熟できるように、親も教師も浮足立たないことでしょう。教育の要諦は忍耐と楽観です。周りが前のめりになって子どもに「適性」や「自分らしさ」を押し付けるせいで子どもたちは小さく固まって、息が浅くなっています。豊かな「未決状態」の中で子どもが自然に熟成してゆくのを待つ覚悟が親や教師の側に必要だと思います。

5)巷に貫禄が感じられない高齢者が増えてきているような気がするのですが。
 高齢者男性は最近になって急に幼児化したわけではないと思います。たぶん昔から中身は「こんなもの」だったのです。ただ、かつては父権制秩序が男性に「大人のようなふりをする」ことを制度的に強いてきたけれど、今はもうそのような強制がなくなった。だから、幼児性がずるずると露出してきたのだと思います。

6)日本は新型コロナウイルスの進入をなぜ食い止められなかったのでしょうか。
 ウィルスには国家なんか関係ないです。ただ、日本政府の防疫体制がことさらに劣悪だったのは事実です。それは今の政権下で政治家や官僚が「専門家の専門的知見」を尊重する習慣を持たくなったからだと思います。彼らは専門家の意見を政権や市場の要請に応じてねじ曲げることに慣れ過ぎてきたのです。

7)自らが情報難民にならないための心構えをご教示ください。
 過去20年くらいを通覧して、そのときどきに状況判断において誤ることの少なかった専門家を分野ごとに何人かリストアップしておいて、何かあった時に「あの人は何て言ってるだろう?」と調べてみるのが一番安全だと思います。僕はそうしてます。

8)老後、先の見えない不安に満ちた日々を生き延びるための秘策をご伝授ください。
 リスクヘッジというのは「丁と半と両方に張る」ことです。セーフティネットも支持点が多いほど強い。複数のネットワークに帰属して、複数の生業を持ち、ところが変われば立場も人格も変わるという「鵺」的な生き方が一番安全だと思います。幼児的な高齢者には難しい仕事でしょうけれど。資源を一点に集中させる「選択と集中」戦略が老後を生き延びるためには最も危険なやり方だと思います。


(以降、全文は内田先生かく語りき(その15)

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