『スパイス戦争』2

<『スパイス戦争』2>
図書館で、『スパイス戦争』という本を手にしたのです。
イギリスとオランダの戦いに日本人傭兵もからむという、波乱にみちた南シナ海を描くノンフィクションが、興味深いのである。



【スパイス戦争】


ジャイルズ・ミルトン著、朝日新聞出版、2000年刊

<「BOOK」データベース>より
香料残酷物語。アジアの片隅の小さな島々が歴史の流れを変えていく!黄金より貴重なスパイス、ナツメグの支配権をめぐって血なまぐさい戦いを繰り広げるイギリスとオランダ。埋もれた史料から、その渦中にいた人々の勇気と知略、残虐さと陰謀を活写して、英米でベストセラーになった傑作歴史ノンフィクション。

<読む前の大使寸評>
イギリスとオランダの戦いに日本人傭兵もからむという、波乱にみちた南シナ海を描くノンフィクションが、興味深いのである。

rakutenスパイス戦争


探検隊の悲劇あたりを、見てみましょう。
p21~26
第1章 北の海のつむじ風
 探検隊は出発するまえからトラブルに見舞われた。ハリッジでぐずぐずしているうちに、食糧の大部分が早くも腐り、ワインの樽の作りがずさんで、木の合わせ目からじゃあじゃあ漏った。しかし風は順風、食糧を積みなおす時間はないと判断し、1553年6月23日に出港した。

 船がリチャード・チャンセラーの指示するルートを辿っているかぎり、問題は起こりそうになかった。しかし北ノルウェーの岩だらけの岸をまわったとたんに「風が吹きつけ、おそろしいつむじ風が」ウィロビーの船を航路からはずれさせた。チャンセラーはこのような突発事を予期していて、バレンツ海の小島ファルドフースで再集結することにしていた。彼は7日間待ったが、<ボナ・エスペランザ>も三隻目の<コンフィデンチア>の消息もまったくないので、白海へ出て東方へ急いだ。

 じつは、他の二隻も嵐をしのいでいた。強い風を切り抜けた後、ウィロビー卿は<コンフィデンチア>と連絡がとれ、そろって岸辺めざした。ここでウィロビー卿の経験不足が露呈された。彼は水深を測り、海図を睨み、頭髪を掻きむしるや、こう結論づけた。「陸地は地図が示すところには存在しない」。彼は、ファルドフース島もチャンセラーの船の位置もつきとめることなく、旗艦抜きの探検隊を急がせたのである。

 1553年8月14日、彼は「陸地を目に」した。北緯72度、人の気配はない。が、海中におびただしい氷塊があって、近づくことはできなかった。この緯度が正しいとすれば、彼はバレンツ海の孤島、ノーヴァヤ・ゼムリャーの不毛の島に達していたことになる。

 ここから南東に、ついで北西に、それから南西に、最後は北東にと進路をとったとみえる。ウィロビーと配下の連中の無知のせいで、船はでたらめなコースをとって北極圏内に三百マイル以上も入りこみ、溶けかかった氷塊の散乱する危険な海域で大きく弧を描いていた。

 9月14日、ふたたび島影を見て、ほどなく「美しい入り江に」入っていった。現在のフィンランドとロシアの境界に近いどこかである。ウィロビーの部下たちは「アザラシの群れや巨大な魚、陸上に熊、大鹿、狐、いろいろな珍しい獣の姿」を見て狂喜した。はじめはここで一週間過そうと思ったが、「その年も終わりに近いことや、霜、雪、あられなどの悪天候を考慮して、湾内で冬を越すことにした」。

 ロンドンでは、彼らがとっくに北東航路を発見していて、そのルートで香料諸島に向かっているものと思っていた。しかし香しい夕べや風にそよぐ椰子の木のかわりに、ウィロビーと部下たちが出会ったのは凍てつくような霧と厚い氷ばかり、ロンドンの商人が北極経由のルートを指示したのはとんでもない間違いだったと悟るばかりであった。
(中略)



 香料諸島めざして船出した三隻の船のうち、一隻も北東航路を確定してゴールに達することはなかった。インド洋の熱帯病を避けようとして北へ旅した者は、まさか北極の零下の海で果てようとは思いもしなかった。太平洋にいたる北回り航路が可能になるのはさらに四百年後、原子力潜水艦の出現を待たねばならないのである。


『スパイス戦争』1

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