『空想読解なるほど、村上春樹』1

<『空想読解なるほど、村上春樹』1>
図書館で『空想読解なるほど、村上春樹』という本を、手にしたのです。
このところ村上春樹関連の本を集中的に読んでいるいるのだが・・・
ツボが疼くとでもいいましょうか♪



【空想読解なるほど、村上春樹】


小山鉄郎著、共同通信社、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
青いティッシュペーパーはなぜ嫌いか?青豆はなぜ生き延びたのか?あの青いあざとは何か?『ノルウェイの森』刊行時唯一のインタビュアーであり、『アンダーグラウンド』刊行を特報した著者が、ハルキの謎にせまる、愛に満ちたブックガイド。

<読む前の大使寸評>
このところ村上春樹関連の本を集中的に読んでいるいるのだが・・・
ツボが疼くとでもいいましょうか♪

rakuten空想読解なるほど、村上春樹



「惑星直列…まえがきにかえて」を、見てみましょう。
p6~8
<惑星直列…まえがきにかえて>
 「人は旭川で恋なんてするものなのかしら?」。旭川は「作りそこねた落し穴みたいなところ」。村上春樹作品には、こうした謎のような言葉がよく出てきます。そのまま読み飛ばせばいいのでしょうが、妙に気になって忘れられません。これらは『ノルウェイの森』の中の言葉ですが、「旭川の人たち、ちょっと傷ついているのではないかなあ…」などと、心配にもなってしまいます。

 「こうなるともう惑星直列みたいなもんだ」。『1Q84』では、主人公の1人、天吾が初めて登場する場面で、そんな言葉にも出会いました。これまた「惑星直列」とは何かと考え始めると、その意味がすぐにはわからないのです。

 でも村上春樹の作品を繰り返し読んでいると、作中のほかの場面や別の作品のディテールが、まさに「惑星直列」のように静かに並び始める瞬間があります。暗い夜空に微かな光で瞬く星々が、気がつくと真っすぐに並び、やがて鮮やかな光の束となって、差し込んでくるのです。

 本書は、私に訪れたそんな「惑星直列」の読書体験の数々を記したものです。そこから「人は旭川で恋なんてするものなのかしら?」の意味、旭川はなぜ「作りそこねた落し穴みたいなところ」なのか、そのほか、幾つかのキーワードについて考えてみました。もちろん『1Q84』内の「惑星直列」とは何かについても記しています。

 私が村上春樹を初めてインタビューしたのは『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の刊行時でした。最初に取材した作品なので、印象深い場面が幾つもあるのですが、その一つにこんなことがあります。

 同作の「世界の終わり」のほうの物語の主人公である「僕」は、高い壁に囲まれた街の図書館で「夢読み」の仕事をしています。古い一角獣の頭骨の中にある古い夢を読む仕事で、「僕」のそばには夢読みを手伝う図書館司書の女性が1人いるだけです。

「僕」はたくさんの頭骨から夢を読むのですが、それらの夢は断片のようで、最初は「明けがたの空に浮かぶ遠い星のように白くかすんで」いて「その断片をどれだけつなぎあわせてみても、全体像を把握することが」ができません。

 でも物語の終盤、光がどこかからやってきて、「僕」の隣にいる司書の頬をほのかに優しく照らします。彼女は涙を流しているのですが、光がその涙を輝かせるのです。それは覚醒した頭骨が放つ光でした。「その光は春の陽光のようにやわらかく。月の光のように静かだった」「頭骨の列はまるで光を細かく割ってちりばめた朝の海のように、そこに音もなく輝いていた」と村上春樹は書いています。

 私の読書体験は、この一角獣の頭骨の古い夢を読むようなものかも知れません。最初に読んだ時には、その関係に気がつかないほど、一つ一つはみな小さくて細かいディテールですが、それらが次第に並び始め、いっせいに光を発するのです。

 これはまさに読書における愉悦の瞬間です。その悦びを村上春樹の作品を読んだ人たち、これから読む人たちと共有できたらと思い、この本を書きました。

 これまであまり言われていない「惑星直列」ぶりについてもたくさん指摘しましたが、独断ではいけませんので、具体例を挙げながら、わかりやすく記したつもりです。


ウン 著者の目論見は、じゅうぶんに達成されていると思いますよ♪


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