『鉄の文明史』3

<『鉄の文明史』3>
図書館で『鉄の文明史』という本を手にしたのです。
古代日本へどのようにして鉄作りが伝播したのか・・・興味深いのです。


【鉄の文明史】


窪田蔵郎著、雄山閣出版、1991年刊

<「MARC」データベース>より
鉄を造る原材から、シルクロード、旧約聖書などの古代文化の中に見られる鉄など、鉄の歴史を西アジア、中国・韓国、日本にたどる。著者自らが足で調べた興味深い話の数々。

<読む前の大使寸評>
古代日本へどのようにして鉄作りが伝播したのか・・・興味深いのです。

amazon鉄の文明史

天秤吹子

「第8章 鉄鋼業発展の軌跡」で日本の鉄鋼業が概観されているので、見てみましょう。
p227~229
<近代以前の概観>
 日本の鉄器文化は縄文時代の終末期から弥生時代の初め頃に、農耕文化と一緒に大陸から導入されたものと考えられている。従って、今から約2300年ほど前に日本人に知られたものと推定される。やがて完成品輸入、半製品輸入の段階があったにしても、それより若干遅れた時期、多分300~500年くらい後にはごく小規模な原始製鉄法が、わが国で開始されたものと推定しても大過はないであろう。

 わが国には太古の昔からこのような“たたら吹き”と呼ばれる製鉄技術があったことは、『古事記』や『日本書記』の神話や伝説の中にしばしばその用語が現れてくることでもわかる。また一衣帯水の韓国南部から1~2世紀頃になると鉄製品の舶載はもちろん、これらの技術を持った人々の往来が頻繁にあったことも当然考えられる。中国やツングースの影響もあったであろう。

 日本で最も古い鉄器とされているものには、近年の調査では縄文時代終末期に遡る福岡県糸島郡二丈町の曲り田遺跡から発掘された鉄器片や、北九州市小倉南区の長行遺跡から発見された鉄斧がある。これらに続く弥生時代前期のものとしては、同県春日市や津屋崎町の遺跡から小鉄剣や鉄鏃が発掘されている。

 このような萌芽期の鉄文化をもたらした渡来人達によって、その後に始められた原始的な製鉄法は、長い歳月を経過している間にその時代に対応した、それなりの経験の蓄積や技術の進歩があって、古墳・奈良・平安・鎌倉そして江戸の中期と、ささやかな程度のものではあったにしても何度もの技術革新が行われてきた。

 鉄源溶解のための送風装置一つを例にとってみても、皮吹子、踏吹子、箱吹子、天秤吹子、水車吹子と逐次変っている。トロンプなどスペインの吹子も試用された。江戸初期前後に輸入された南蛮鉄も鉄山師達に大きな刺激を与えたであろう。

 今日その技法が詳しく伝えられ、外国人にまで注目されている高殿内で大形炉と天秤吹子を用いて操業する永代たたらの技術、それが完成したのはようやく江戸時代の中頃になってのことである。この頃のわが国の主要な鉄産地は、島根・鳥取・広島・岡山を中心とする中国地方と、岩手県・宮城県北部や青森県南東部の二地域があげられる。

 この当時の鉄鋼生産量は、現在の鉄鋼業とは全く生産体系が異なり、その製品は今日で言えば白銑に相当するズクやケラという鉄サイ分を多量に含んだ不均質なものであったので、不純物の全く含まれていない現代の粗鋼と対比して同列には論じられない。しかし大雑把に換算すると、江戸末期頃で年間鋼地金(包丁鉄)に換算して1万トンを若干上回る程度と推定される。

 こうして昼夜通しで3~4日かけ、しかもおもに秋冬のみの操業で、1回が2~3トンといった乏しい生産量のものをかき集め、日本刀をはじめ、鍋・釜・農工具・建築金物類など、長い期間にわたってあらゆる鉄製品の需要をまかなってきたのである。


『鉄の文明史』2:鉄の叙事詩
『鉄の文明史』1:製鉄先進国

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