ムーミン谷へようこそ

<『ムーミン谷へようこそ』1>
図書館で『ムーミン谷へようこそ』という本を手にしたのです。
スウェーデン国籍を持つトーベ・ヤンソンの風貌はどこかアジア的であり、フィンランドの血が現れています。扱う言語もスウェーデン、フィンランドのバイリンガルであることも興味深いのです。



【ムーミン谷へようこそ】


冨原眞弓著、ベストセラーズ、1995年刊

<「BOOK」データベース>より
【目次】
ムーミンに登場するキャラクター/ようこそムーミンの世界へ(自然なしあわせのかたち/「ムーミン的」な暮らしとは/かわいい子には旅をさせよう/偶然にゆだねられた運命/もうひとりのトロール/自分探しの旅のはじまり/ムーミントロールの恋 ほか)/解説 トーベ・ヤンソンとムーミン

<読む前の大使寸評>
スウェーデン国籍を持つトーベ・ヤンソンの風貌はどこかアジア的であり、フィンランドの血が現れています。扱う言語もスウェーデン、フィンランドのバイリンガルであることも興味深いのです。

rakutenムーミン谷へようこそ/TD>



トーベ・ヤンソンの言語環境が語られているあたりを、見てみましょう。
p160~161
<解説>
 ムーミンシリーズの生みの親、トーベ・マリカ・ヤンソンは、1914年、父ヴィクトルは彫刻家、母シグネは挿し絵画家という芸術一家の第一子として、フィンランドの首都ヘルシンキで生れた。

 ムーミンを世に送りだした<児童文学作家>として有名であるが、もともとは画家となるべくヨーロッパ各地で修業をつみ、第二次世界大戦前後は政治風刺漫画家として活躍し、いわゆる<おとな向け>の小説や短編をいまも定期的に発表している現役の作家であることは、北欧諸国はべつとして、それほど知られていない。

 父はヘルシンキ生まれのスウェーデン系フィンランド人、母はストックホルム生まれのスウェーデン人で、家庭や芸術家の仲間うちでの共通語はスウェーデン語であった。トーベ自身もスウェーデン語教育の学校に通ったため、フィンランド語はあまり得意でなく、作品はすべてスウェーデン語で書かれている。

 言語が個人をかたちづくるプロセスにおいてはたす決定的な役割を考えれば、言葉をあやつる作家にとってはなおのこと、こうした背景がヤンソン作品になんの影響もおよぼさなかったとは思えない。

 むしろ、国民のほとんどがフィンランド語を母語にする国にあって、トーベ・ヤンソンがフィンランドで生まれ育ったフィンランド人でありながら、スウェーデン語を話す言語的少数派(全人口の約6%)に属することは、構造的なパラレルワールドが魅力のひとつともいえるヤンソンの作風を理解するために、避けては通れない重要なファクターだと、わたしは思う。

 ヤンソン自身、ムーミン家族が自分の子ども時代の思い出にヒントを得ていることを認めている。「ムーミン物語はある程度までスウェーデン系フィンランド人の社会を反映しているのか」という1978年のインタビュー質問にたいして、つぎのように答えている。

「反映していないわけがありません。 わたしが描いたのはスウェーデン系フィンランド人の家族です。どんな少数派グループにもみてとれる一種の孤立がそこにはみてとれるはずです。ただし悲壮感ぬきにです。(ムーミンたちは)互いに一緒にいてしあわせだと思っているし、自分たちが住んでいる環境や場所に満足しています。とはいえ、もちろん、はっきりそれとわかるスウェーデン系フィンランド人の特徴をもっています。それがいいか悪いかではなく、ただ単純にそうなのです」。

 この「スウェーデン系フィンランド人の特徴」とはなにかについてヤンソン自身は明言していないが、ヤンソンが政治風刺雑誌「ガルム」に1929年から1953年の廃刊にいたるまで中心的な寄稿者のひとりでありつづけたことに着目してみたい。この雑誌が1923年の創刊時にかかげたスローガンは「スウェーデン的・自由・北欧主義」の三つである。


スウェーデン系フィンランド人の話す言語といえば、多和田葉子が提唱するところのパンスカ(汎スカンディナビア語)そのものではないか♪

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント