『江戸人の老い』1

<『江戸人の老い』1>
図書館で『江戸人の老い』という新書を、手にしたのです。
時代を超えて変わらぬ死生観とはどんなかな?・・・という興味で借りたわけでおます。


【江戸人の老い】


氏家幹人著、PHP研究所、2001年刊

<「BOOK」データベース>より
頑健・有能な大将軍であった徳川吉宗にも「老い」は訪れた。半身麻痺と言語障害を抱え手厚い介護を受ける一方で、側近たちに対しては往年の為政者としての力を発揮しつづけたという。家族との確執に悩み、七万字もの遺書をしたためた、ある偉人。世の安直な風潮を醒めた目で観察し、十八年にもわたる散歩の記録を残した不良老人。本書では丹念に史料を読みときながら、江戸に生きた三人の老いの姿を描き出す。それからの人生をどう生きるか?時代を超えて変わらぬ人生最後の問いへの示唆。

<読む前の大使寸評>
時代を超えて変わらぬ死生観とはどんなかな?・・・という興味で借りたわけでおます。
amazon江戸人の老い


「第3話 老人は郊外をめざす」で、自称「隠者」を見てみましょう。
p161~162 
<自称「隠者」>
 文化9年(1812)、江戸は小日向にある廓然寺の住職を51歳で退き、悠々自適の隠居暮らしを始めた十方庵こと大浄敬順は、たっぷりの余暇を近郊の散策と小旅行に費やした。その印象をこまごま記したのが『遊歴雑記』。五編十五冊からなるこの書には、文政12年(1829)、彼が68歳になるまでに綴った紀行や散策の記が、実に957話も収められている。

 健康で豊潤な老後? 事実は必ずしもそうではなかったようだ。とりわけ60を過ぎてからは身の老いを感じることしきりで、『遊歴雑記』には、こんな嘆きも吐露されている。「予年老て牙歯みな抜落、形容むかしに変りてしらぬ翁にあえるが如し」…。歯はすっかり抜け落ち、鏡にうつった姿はまるで見知らぬ老人みたい、というのだ。

 老眼鏡と杖が欠かせないのはいわずもがな。腰痛に悩まされ、聴力のほうも、尼である老妻の言葉を聞き違えることが頻繁になってきたのから推して「自然に遠くなりしと見えたり」と自覚していた。おまけに目脂はでるし鼻水は垂れるし、達者なのは口と舌ばかり。これじゃあ南向きの日当りのいい所で辻番でも務めるしか能がないと自嘲するのだった。

 老後と老醜の悲哀。にもかかわらず敬順の老後に垂涎せざるを得ないのは、彼が『遊歴雑記』で折りにふれてわが身の愉悦を語っているからだろう。煎茶道の茶人として宗知と号し、以風の俳号も持つ彼は、生来の下戸で飲酒の楽しみこそ知らなかったが、それを補って余りある楽しみがあった。

 「骨薫袋」に茶道具やお菓子を詰めて、家を浮かれ出て、江戸郊外のこれはと思う場所で野点の茶事をもよおし、同好の人と茶を飲み、お菓子をつまみながら句を詠む愉悦。

 花であれ風景であれ、江戸の人々の知らない穴場を捜し出すのも楽しみの一つだった。思いがけず興趣に富んでいた場所の情景をくわしく記し、その行き方や楽しみ方を紹介する。そもそも『遊歴雑記』は、このような目的で成立したらしい。

 そんな自分を、敬順は「隠者」と呼んでいる。隠者といっても、俗世を嫌って山中に隠れ住む者のことではない。


(追って記入予定)


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