『バカのための読書術』1

<『バカのための読書術』1>
図書館で『バカのための読書術』というふざけたタイトルの新書を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくってみると・・・
タイトルと違って内容はまともでおます。いわゆるキャッチコピーでんがな。



【バカのための読書術】


小谷野敦著、筑摩書房、2001年刊

<「BOOK」データベース>より
現在、「知」は混迷状態に陥っている。インテリたちはかつてないほど熱心に西洋の新理論の輸入に血道をあげ、難解な言葉と言い回しに身をやつしている。その一方で、有名大学の学生がフランス革命の存在を知らなかったりする。では、この両極の中間に位置する人は、何をどう読めばよいのか。学校は出たけれどもっと勉強したい人、抽象的な議論がどうも苦手だという人。そういう「バカ」たちのために、本書はひたすら「事実」に就くことを指針とし、インチキ現代思想やオカルト学問、一時の流行に惑わされず、本を読み勉強するための羅針盤となるべき一冊である。本邦初「読んではいけない」リスト付き。
<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくってみると・・・
タイトルと違って内容はまともでおます。いわゆるキャッチコピーでんがな。

rakutenバカのための読書術


「第2章 私の知的生活の方法」が興味深いので、見てみましょう。
p38~41
<蔵書派とカード派>
 梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波新書)がベストセラーになった時、梅棹が勧めるカード式読書をすべく、大量にカードを買い込んだが、結局ほとんど使われずにゴミと化した、などという話がある。

 呉智英も、『読書家の新技術』では、やっぱりカードを作ることを勧めている。実は私も呉の本の影響で、カードとカードボックスを買い込んで、最初のうちはせっせと書き込んでいた。が、いつしかやめてしまった。博士論文を書くときはさすがに1冊ノートを使ったが、その後はもう、カードやノートはおろかメモも取らない。もちろん梅棹や呉は、カード式が性に合っていたのだろうし、他にもカード式を取る人はいるだろう。

 逆に、蔵書を増やすことを勧めるのが『知的生活の方法』(講談社)の渡部昇一である。私も、今は蔵書派である。

 それで付箋紙を買ってきて、しかるべき箇所には赤いボールペンで線を引き、特に重要だと思ったら付箋紙を張る。最近では付箋紙もいろいろあるが、愛用しているのはシール部分が透明のものである。これはコピーを取る時に剥がさずに取れる。

 梅棹はどうだか知らないが、呉はカード派であり、かつ図書館派である。図書館派ではいきおいカードに頼らざるをえないだろう。ただ、蔵書派となると、まず購入に金がかかるという問題、さらに、蔵書が増えると置き場が困るという問題が生じる。

 文化人類学者の山口昌男なども後者の問題に苦しめられて、ある晩、本を入れる部屋が見つかったという夢を見たくらいだという。立花隆などのノンフィクション作家は、一仕事終わったら関係書物は古本屋に売る、という人が多いが、アマチュアの場合、一仕事終えたりできない。私は、資金に問題がなければ蔵書派を勧める。というのは、一冊の本はいろいろなものを含んでいることが多いからだ。

 読んだ時にあ重要だと思わなかった一節が、後でふとひっかかるということがある。そういう時、図書館派だと、また図書館に行かなければならない。そういうことは渡部も書いている。まあ呉の場合、あまり資金潤沢ではなかったので図書館派になったということもあろうが、大学時代から同じアパートにずっと住んでいて、それは東京23区内だったので、地の利もあった。

 これは、東京に住んでいる物書きが往々にして忘れていることなのだが、地方に住んでいると図書館派は苦しい。私は大阪大学に勤めていたころ、大学の近くで1人暮らししていたので、まず大学図書館が使えた。しかし阪大図書館というのは、『朝日新聞』紙上で館長が資金不足を嘆いたくらい貧弱で、しかも歴代館長がみな理系だという理系偏重の大学なので、文系の図書はさらに貧弱だった。

 中之島に府立図書館があったのだが、手狭なため別に大きな分館を建てたはいいが、とにかく遠かった。大阪ですらこれなのだ。幸い、今はクロネコヤマトほか、電話やファックス、さらにはインターネットで本の注文ができて届けてくれるので、地方の人にはやはり蔵書派を勧める。まあ資金がない人は仕方がないが…。

<『知的生活の方法』はそんなに悪くない>
 ところで、いま『知的生活の方法』を挙げた。これも売れた口だが、呉は、この本を「知方(チホー)」と読んでバカにしている。なるほど、確かに部分的に、ビールがいいかワインがいいかとか、黒パンがいいとか、結婚したほうがいいかとか、女のエクスタシーは1週間続くとか、いろいろ変なことが書いてあって、「なんじゃこりゃあ」と思うのは確かである。

 私もカナダ留学中、暇だったので、日本の本が置いてある店でこれを見つけて買ってきて暇つぶしに読んだ。しかし、「呉智英教徒」もそろそろ冷静になってきて、よく考えると、渡部の本はそんなにひどいか、と疑問に思いはじめたのである。つまり、今挙げたような変な箇所を除くと、蔵書の勧めもそうだが、結構いいことを書いているのである。たとえば、これは『続・知的生活の方法』のほうだが、論文を書こうと思ったら、ある程度調べたところでまず書きはじめてみろ、と渡部は言う。そうすると、読まなければならない本が次々と出てくる、と言うのだ。これはまったくその通りである。


ウーム 手元不如意の年金生活老人としては、蔵書派を始めるという選択肢はないわけだが・・・それを除くとお説ごもっともである。
特に、パソコン内の書籍データとブログ履歴の連携なんかはカード派そのもとも、言えるのである。

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