『オランダの文豪が見た大正の日本』5

<『オランダの文豪が見た大正の日本』5>
図書館で『オランダの文豪が見た大正の日本』という本を手にしたのです。
おお この本のタイトルからして、超級レア物やおまへんか♪



【オランダの文豪が見た大正の日本】


ルイ・クペールス著、作品社、2019年刊

<「BOOK」データベース>より
長崎から神戸、京都、箱根、東京、そして日光へ。東洋文化への深い理解と、美しきもの、弱きものへの慈しみの眼差しを湛えた、ときに厳しくも温かい、五か月間の日本紀行。写真70点収録!

<読む前の大使寸評>
この本のタイトルからして、超級レア物やおまへんか♪

rakutenオランダの文豪が見た大正の日本


「第27章 文字」で漢字を、見てみましょう。
p303~304 
<文字の組み合わせ>
 日本語の言葉はどのように生れたのか、どのように今も産まれ続けているのか、どのように表記されているのか。現代の言葉は、自然に、ときに素朴な方法で、そして常に造形的な方法で生まれている。

 例えば、「automobile」は「ジ・ドウ・シャ」、つまり「自分で・動く・車」である。ちなみに、「キ・シャ」の方がおもしろい。「汽」蒸気または「気」精神で動かす車である。

 「liquidate(精算)」という財政的な事柄でも、「liquid(流れ出るもの)」が紛れもなく含まれるものに云々するとき、日本人は「セン」という言葉を用いる。これは水が湧き出る「泉」でも、硬貨の「銭」でも同じ発音なのだ。多くの場合、文字はまだ造形的で単純な表意文字であり、そこに様式化された象形を認めることもできる。
 しかし、たいていの場合は、何世紀にもわたり、あまりにも多くの変遷を経て、複雑極まりないものとなり、単純で造形的な形態とは言えなくなっている。

 ある文字をもとの形にまでたどっていける証拠として、「蟻」という文字を見てみよう。「虫偏」の隣に「羊」と「我」を添える。この羊と我の組み合わせで「義」となり、洞察または正義または理性を意味する。このわれわれ西洋人には奇妙に思える組み合わせによると、蟻という文字は、アリという虫を表しており、この虫はつまり洞察あるいは知性を持っていることになる。羊と我となると、我が羊が何か他の家畜を所有しているということになるからだ。このような素朴な組み合わせは日本の文字に数多くある。

 猫という文字は、「苗(ミャオ)と鳴く犬(獣偏)」であり、「どもり」には「口」を表す文字に、「内」という言葉が添えてある。口に内を加えると、「吶る」となるのである。「禾」と「火」…それは、稲が実った後に、刈り取られた稲の切り株に火をつけ燃やす時節なのだ。

 ここまでは、わかりやすいが、まだかなりわかりやすいが、「網」と「言」と「刀」を組み合わせた文字が…「罰」というか、むしろ「死刑」を意味しているとなると、訳がわからなくなってくる。とはいえ、その三つの文字からわかるのは、刑務所、判決、処刑というおとだ。

 女が三人並ぶと、「姦しい」となり、二人の男の中に一人の女がいると「嬲る」となり、二人の女の中に男がいると「戯れる」となる。「男」と「女」という文字は、すでに造形的ではないが、おそらくこの文字が「発明」された原初はもっと男と女を髣髴とさせる絵であっただろう。


『オランダの文豪が見た大正の日本』4:日本と中国
『オランダの文豪が見た大正の日本』3:日本の歴史
『オランダの文豪が見た大正の日本』2:第1章 長崎
『オランダの文豪が見た大正の日本』1:序章 中国

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント