『天子蒙塵(四)』2

<『天子蒙塵(四)』2>
図書館で『天子蒙塵(四)』という本を手にしたのです。
この本は、どうゆう訳か図書館予約システムでは借りられなかったのだが・・・
とうとう図書館内で手にしたのです、ラッキー♪


【天子蒙塵(四)】


浅田次郎著、講談社、2018年刊

<「BOOK」データベース>より
満洲でラストエンペラー・溥儀が皇帝に復位しようとしている。そんななか、新京憲兵隊将校が女をさらって脱走する事件が発生。欧州から帰還した張学良は、上海に襲い来る刺客たちを返り討ちにしていた。一方、日本では東亜連盟を構想する石原莞爾が関東軍内で存在感を増しつつあり、日中戦争突入を前に、日本と中国の思惑が複雑に絡み合う。満洲に生きる道を見いだそうとする正太と修の運命は。長い漂泊の末、二人の天子は再び歴史の表舞台へと飛び出してゆく。

<読む前の大使寸評>
この本は、どうゆう訳か図書館予約システムでは借りられなかったのだが・・・
とうとう図書館内で手にしたのです、ラッキー♪

rakuten天子蒙塵(四)




孫文や周恩来が登場するあたりをちょっとだけ、見てみましょう。
p163~164
<六十七> 
 それは清王朝が倒れ、民国が成立して間もない、混沌とした時代の出来事である。私はまだ奉天にあって、家庭教師たちからさまざまの学問を詰めこまれていた。
 孫文や袁世凱にかわって民国の指導者になると言われていた宗教仁が、上海で暗殺された。父は日がな一日ひどく不機嫌で、「孫文の腐れ卵野郎」だの「袁世凱の糞ったれ」だのと怒鳴り続けていた。

「宗教仁は言いました。中国に愚民などはただのひとりもいない。中華国民は老若男女これ等しく、世界第一党の賢人である、と。だから孫文の言う賢人支配などは必要ない。袁世凱の提唱する立憲君主制も誤りである。われわれの国のかたちは民主共和政体しかありえぬ、と。国家は神が支配するのではなく、ましてや神に信託された人間が支配するものでもない。この国の主権者は諸君であり、この国の主権者は諸君であり、この国の統治者は諸君であると、宗教仁は人々を諭しました」

 翔宇の熱いまなざしが耐え難く、私は陳大佐を振り返って問い質した。
「剪髪。君は何か勘違いをしているのではないかね。父の従兵だった君が、上海にいたはずはない」

 陳大佐は長靴の踵をかつんと鳴らして私に正対した。
「お答えします。本官はその日、上将軍のご命令により宗教仁閣下の護衛を務めておりました」
「それは初耳だ。なぜ父が宗教仁に気を遣う」
「宗閣下があまりに無防備ゆえ、ひそかに護衛を付けたのです」
 そう言ったなり、陳大佐は顔だけを力なく俯けた。
「もういい。今さら君が悔いても仕方あるまい」

 もしや父は、宗教仁こそが龍玉を託すべき人物だと考えていたのではあるまいか。だとすれば、あたりかまわず怒鳴り散らしていたあの日の父の、異常な憤りと困惑もわからぬではない。

 翔宇は姿勢を正し、朗々と続けた。
「七年に学を論じ、友を取るを視る。これを小成と謂う。九年に類を知りて通達し、強立して反らず、これを大成と謂う」
 礼記の一節である。語るほどに、翔宇は声を詰まらせた。

「宗教仁は言ったのです。われわれは五千年もの間、のうのうと生きてきた。だからその五千年ののちのこの七年で、小成しようではないか。この九年で大成しようではないか、と。私はその言葉を胸に括って、学問に励みました。しかし七年後も九年後も、パリでのうのうと暮らしていたのです。そして二十一年後の今となっても、同朋相撃つ戦争すら止めることができません」

 事情はあらまし理解した。二十一年前のその日、周恩来は天津に向かう途中の上海駅で宗教仁の演説を聞き、陳一豆は影ながら、その英雄を護衛していたのだ。

作中に「龍玉を中心にして」とあるように、著者はこの小説は歴史的ファンタジーであることを公言しているわけで・・・
まあ、あることないことを絡めて展開していきます。

『天子蒙塵(四)』1:冒頭の語り口
『天子蒙塵(3)』3:満州国のメカニズム
『天子蒙塵(3)』2:ヌルハチ公神話を語る主人公
『天子蒙塵(3)』1:ヌルハチの伝説
『天子蒙塵(2)』1:馬占山が張作霖を回顧するあたり
『天子蒙塵(1)』3:天津の日本租界
『天子蒙塵(1)』2:浅田治郎独占インタビュー
『天子蒙塵(1)』1:序章の語り口


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