『AI VS.教科書が読めない子どもたち』2

<『AI VS.教科書が読めない子どもたち』2>
図書館に予約していた『AI VS.教科書が読めない子どもたち』という本を、待つこと8ヶ月ほどでゲットしたのです。


【AI VS.教科書が読めない子どもたち】


新井紀子著、東洋経済新報社、2018年刊

<「BOOK」データベース>より
大規模な調査の結果わかった驚愕の実態ー日本の中高校生の多くは、中学校の教科書の文章を正確に理解できない。多くの仕事がAIに代替される将来、読解力のない人間は失業するしかない…。気鋭の数学者が導き出した最悪のシナリオと教育への提言。

<読む前の大使寸評>
追って記入

<図書館予約:(2/22予約、10/26受取)>

rakutenAI VS.教科書が読めない子どもたち



「第1章 AIはライバル」について、見てみましょう。
p75~77
<新技術が人々の仕事を奪ってきた歴史> 
 雇用慣習や雇用形態には随分違いがあっても、資本主義の社会では経営者は企業の利益を上げることを最優先しなければならないことは同じです。コンピューター化で労働コストが軽減できるなら、多くの企業はそれを選択するはずです。ですから、アメリカで起きると予測されることは日本でも同じように起きると予測されます。つまり、日本でも、近い将来、働く人々の約半数が、少なくとも今の仕事を失ってしまう危機に晒されるということなのです。

「日本は終身雇用だから大丈夫」と高を括ってはいられません。雇用慣習を理由に日本がAI導入を先延ばしにすれば、単に国際競争力を失って倒産します。あるいは外資系企業への売却です。そうなれば従業員の雇用など保証されません。一方、AIに代替させれば生産性が向上する部門にもかかわらず、無理に雇用を維持しようとすれば、AIを導入した企業との競争で落伍し、労働環境がブラック化します。AIが得意なことに、人間が勝負を挑むのは、竹槍でB29に対抗するようなことです。

 戦後2番目に長かったと言われるいざなぎ景気。それを超えると言われる長期の好景気、企業の内部留保も最高額にもかかわらず、賃金の中央値が下がり続けているのはなぜか。アメリカならば移民のせいにもできるでしょうが、日本はほとんど移民を受け入れていません。となれば理由は一つ。これはイノベーションによる労働者の分断なのです。イノベーションに代替可能なタイプの人の労働価値が急激に下がっているのです。

 先に、新しい技術の登場で、仕事が消えるのは今に始まったことではない。歴史はそれを繰り返してきたと申し上げました。ATMの導入で銀行の窓口業務は激減しました。写真のデジタル化によって、街角にあったDPEの店はほとんど姿を消しました。けれども、こうした技術で失われる仕事はとても限定されていました。しかし、AIは違います。今後、10年から20年の間に、働く人々の半数が職を奪われるかもしれないのです。

 実は、この予測を最初に世に出したのは、オックスフォードのチームではありません。MITの「機械との競争」でもありません。私です。2010年に出版した『コンピュータが仕事を奪う』(日本経済新聞出版社)でそう予測したのです。ところが、日本人は真に受けませんでした。

 出版直後、私は東京駅前の大型書店い、この本がどこに置かれているか見に行きました。ビジネス書の棚をいくら探しても見当たらない。結局どこに置かれていたかというと、SFのコーナーでした。その事実に私は慄然としました。日本人はこのシナリオをSFだと思うのか、と。
(中略)

 1900年代から始まり、約100年かけてトヨタやパナソニックといった日本の最先端工場でほぼ確率されたオートメーションによる変化がホワイトカラーに対しても起こるのです。いかも、20年くらいに圧縮して。それは人類がこれまで体験したことのない変化です。質の違いと申し上げたのは、そのような意味です。


ウーム デフレ環境とAIとは相性が良くないようですね。企業の論理が強い場合には職場は「モダンタイムズ」のようにブラックになるようです。

『AI VS.教科書が読めない子どもたち』1:AIとシンギュラリティについて

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