(オピニオン)にほんごをまなぶ

<(オピニオン)にほんごをまなぶ>
 日本語学者の金田一秀穂さんがオピニオン欄で「やさしさだけでいい?」と説いているので、紹介します。


(金田一さんのオピニオンを11/14デジタル朝日から転記しました)


外国人抜きでは成り立たなくなった日本社会。たどたどしい日本語はさほど珍しくなくなった。外国人との共生が叫ばれる中、日本語を学ぶことについて考えた。

■「やさしさ」だけでいい? 金田一秀穂さん(日本語学者)

 最近は、「やさしい日本語」が注目されています。
 東京五輪を前に急増する訪日観光客や在留労働者向けに使いましょうと自治体などが呼びかけています。

 ことばの大きな役割は情報伝達ということです。今、日本には日本語を母語としない多くの人々が暮らしていますが、全員が日本語を十分に使えるわけではありません。「やさしい日本語」がその真価を発揮するのは、地震や台風といった災害時です。

 日本は災害大国で、外国人はどこにいても被災者になる可能性があります。阪神淡路大震災や東日本大震災では、多くの外国人が亡くなり、避難所で日本語が理解できず、苦労した人もいました。災害時の言葉は人命に直結するからこそ「やさしい日本語」が求められるのです。

 ただ、日本語をやさしくするのは容易ではありません。80年代に当時の国立国語研究所の野元菊雄所長が、外国人向けに「簡約日本語」を提唱したことがありますが、一般の人たちからの評判がやたら悪く、普及しませんでした。

 外国人が増えれば、状況は変わるかもしれません。私が働く学校のアジアや欧米の留学生たちの共通語はすでに「やさしい日本語」です。共通の言葉が日本語だからです。そこから私たちが思いもよらなかった新しい表現が生まれ、日本語の潜在能力を引き出す可能性があります。

 言葉とは、常に移り変わりゆくものです。時代によってその意味や使い方が変わることは避けられません。例えば、「はずい(恥ずかしい)」「キモい(気持ち悪い)」といった短縮言葉が生まれたのは、情報伝達の効率化が一因とされます。
 「食べさせていただきます」や「コンビニさん」といった過度な言葉の「丁寧化」が最近目立つのは、円滑な人間関係を維持するための知恵ではないかと感じます。こうした変化は、言葉が「生きている」証拠といえます。

 日本語の「やさしさ」や「わかりやすさ」の追求もこうした変化の一環ですが、私は疑問を感じます。「ワンフレーズ政治」と言われた小泉純一郎首相の頃から政治家の言葉は、やさしくなり、分かりやすくなりましたが、思考の深みはなくなりました。
 言葉は、通じればいいというコミュニケーションの道具である以前に、私たちが考えたり、感じたり、判断したりするための道具です。多くの語彙、複雑な言葉があるからこそ、すぐれた政治や哲学を作り出すことができるのです。

 難しい言葉は敬遠し、ただ「やさしさ」を目指す。こんな「やさしい」日本語が広がってしまうと、日本人の思考力や感受性がおそろしく粗雑で雑駁なものになってしまうでしょう。(聞き手・諏訪和仁)

     *
金田一秀穂:1953年生まれ。杏林大学教授。国内外で日本語を教え、テレビにも出演。「おとなの日本語」など著書多数。


(オピニオン)にほんごをまなぶ金田一秀穂2019.11.14

この記事も 朝日のインタビュー記事スクラップR14に収めておきます。

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