『容疑者の夜行列車』1

<『容疑者の夜行列車』1>
図書館に予約していた『容疑者の夜行列車』という本を待つこと1週間ほどでゲットしたのです。
この本の目次を見ると、まるでヨーロッパ鉄道旅行記のような本になっているわけで、ちょっと当てが外れたのでおます。


【容疑者の夜行列車】


多和田葉子著、青土社、2002年刊

<「BOOK」データベース>より
戦慄と陶酔の夢十三夜。旅人のあなたを待ち受ける奇妙な乗客と残酷な歓待。宙返りする言葉を武器にして、あなたは国境を越えてゆけるか。-稀代の物語作者による傑作長篇小説!半醒半睡の旅物語。

<読む前の大使寸評>
この本の目次を見ると、まるでヨーロッパ鉄道旅行記のような本になっているわけで、ちょっと当てが外れたのでおます。

<図書館予約:(10/11予約、10/17受取)>

rakuten容疑者の夜行列車


この本の語り口を、見てみましょう。
p30~32
<グラーツへ> 
 チューリッヒ行きの電車が来て、あなたとヒコボシはまるで友人同士のように同じコンパートメントに乗り込んだ。国境警察が物売りのように車内を通り過ぎていった後、スイス鉄道の車掌がまわって来ると、男は急にスイス方言に切り替えて、あなたの事情を説明してくれた。

 同じ土地の人間として方言で頼まれると、嫌とは言えないようだった。方言はお金よりも強く人を縛る。車掌は、電話で夜行に連絡して聞いてみます、と約束して去った。信頼の置けそうな口調だった。ところがそれっきり戻ってこない。どこで油を売っているのだろう。それとも、約束のことなど忘れてしまったのか。もうすぐチューリッヒ駅です、という放送が入った時、やっと、車掌は息せき切って戻ってきて、
「すいません、電話がどういうわけか、ずっと繋がらなかったんです。夜行はもう出てしまいました」
 と誤まった。

 嘘とは思えなかった。あなたはお腹の力が抜けていくのを感じた。今夜は、チューリッヒに泊まるしかないのだろうか。明日の早朝列車があったとしても、昼前にはグラーツに着けないだろう。ヒコボシは、
「これから、いっしょに窓口に言って相談してみましょう」
 と言って立ち上がった。

 あまり自信のある言い方だったので、あなたは巨人に負ぶさって空を飛ぶようなつもりでついていった。窓口では、男はまたスイス方言で相手をぐいぐい押すように質問を重ねている。しばらくすると、あなたの方に振り返って、メモを手渡した。

「これから、ウィーン行きの夜行が来るから、それに乗って、あけがたの四時にザルツブルグで降りなさい。そこからグラーツ行きの始発に乗れば、昼には着きますよ」
 あなたは手品でも見せられたように、ぽかんとしている。だまされたような、救われたような気持ちである。そうか、方角のちょっと違う夜行に半分だけ乗って、途中で乗り換えることで軌道修正すれば、間に合うのか。そういう考え方もある。

「本当にお世話になりました。もし、あなたがいなかったら、途方に暮れていたところです。」
「グラーツ公演も頑張ってください。」
「あなたもお元気で」

 彼女によろしく、と言おうとして、あなたは口を噤む。男の浮気の目撃者になるつもりはなかった。もちろん住所も交換できない。今度チューリッヒのどこかで偶然出逢っても、向こうは他人のふりをするだろう。向こうは、奥さんといっしょかもしれない。

ウン モームの「アシェンデン」を彷彿とするテイストであるが・・・まだパンスカ風テイストは強くはありませんね。

この本も『多和田葉子アンソロジー』R2に収めておくものとします。


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