『献灯使』2

<『献灯使』2>
図書館に予約していた『献灯使』という本を待つこと10ヵ月ほどでゲットしたのです。
腰巻には「デストピア文学の傑作!」とあり、5編の短篇集となっています。期待できそうやでぇ♪



【献灯使】


多和田葉子著、講談社、2014年刊

<「BOOK」データベース>より
鎖国を続ける「日本」では老人は百歳を過ぎても健康で、子供たちは学校まで歩く体力もないー子供たちに託された“希望の灯”とは?未曾有の“超現実”近未来小説集。

<読む前の大使寸評>
腰巻には「デストピア文学の傑作!」とあり、5編の短篇集となっています。期待できそうやでぇ♪

<図書館予約:(12/09予約、10/13受取)>

rakuten献灯使



「献灯使」の続きを、見てみましょう。「ナウマン象」が出てくるあたりです。
p29~31
<献灯使> 
 無名は小児科の先生が好きで、定期健診に行くのを全く嫌がらない。歯医者に行く時は嫌がらないどころかむしろ遠足の日のような浮かれようで、気が重いのは義郎の方だった。無名は高い椅子にすわって歯医者と話をするのを何より楽しみにしていた。この間も、
「牛乳のにおいが嫌いな子に無理に牛乳を飲ませてはいけませんよ。でも、好きな子にも飲ませ過ぎてはいけません」
 と歯医者に言われて義郎が、
「はい、その話hもう伺いました」
 と答えると、歯医者は今度は無名の顔を覗き込んで、
「君は牛乳が好きか」
 と真剣な声で訊いた。無名は迷わず、
「ミミズの方が好きです」
 と答えた。義郎には牛乳とミミズを繋ぐ線が見えず、内心うろたえて窓の外に
視線を逃したが歯医者は平然として、
「そうか、それじゃ君は子牛ではなくて、ひな鳥だな。子牛はお母さん牛のお乳を飲んで育つが、鳥の雛は親鳥がとってきてくれたミミズを食べて育つ。でもミミズは土の中に住んでいるから、土が汚染されていた場合、汚染度は高いよ。最近の鳥があまりミミズを食べないのはそういうわけだ。だからミミズは余っていて獲りやすい。雨の降った後なんか、ミミズがたくさん道路に出てのたうちまわっていることもある。でも君は余っているミミズなんか食べるな。空を飛んでいる羽虫をつかまえて食べるんだ」

 と言った。まるで歯の磨き方について説明しているような淡々とした口調だった。義郎が作家だと知っていて競争心を起こして、わざと飛んだ話をしているのだろうか。それとも無名と歯医者はいつの間にか同じレベルの未来に達していて、義郎だけが取り残されてしまったのだろうか。

 歯医者には巧みな話術を楽しむ人が多いが、それはおそらく一秒でも長く自分の美しい歯を人に見せていたいからだろう。この歯医者もまもなく百五歳の誕生日を迎えるそうだが、顎は頑丈そうに角張って、口をあければ大きな四角い歯が一列に並んで白く光っている。

 できることならそれを奪って曾孫にプレゼントしたいものだと義郎がひそかに思っていると、歯医者はまた大きく口を開いて話し始めた。

「カルシウムは魚や動物の骨から摂取するのがいいという説もあります。ただしその骨は地球が還元不可能なところまで汚染される前に生きていた動物のものでなければいけない。だから地下のとてつもなく深いところから恐竜の骨を掘り出せばいいなんて言い出す連中がいる。北海道にはすでにナウマン象の骨を発掘して粉にして売っている店がるそうです」

 義郎はどういう偶然か翌日、古代生物学の研究をいている教授が文化遊園でナウマン象について講演するというチラシが小学校の塀に貼ってあるのを見つけ、家に戻ってから壁にかけた暦に「ナウマン象」と書き込んだ。講演を聴きに行くのは義郎の道楽だった。

 無名は暦の前を通る度に「ナウマン象」という言葉に釘付けになって、せわしなくまばたきした。まるで言葉そのものが動物で、じっと見つめていればいつか動き出すとでも思っているようだった。義郎は無名をその場に縛りつけてしまった魔法を解くように。

「ナウマン象は、五十万年前に生きていた象だよ。大学の先生が来てその象について話をしてくれるそうだ。聴きに行こうね」
 と言ってみた。すると無名はぱっと顔を輝かせて、「極楽!」と叫んで両手を挙げてその場で宙に跳ね上がった。義郎はびっくりしたが、無名の跳躍のことはそれっきり忘れてしまった。

 ナウマン象だけではない。サギでもウミガメでも、無名は生き物の名前を見たり聞いたりすると、名前の中からその生き物が飛び出してくるとでも思っているのか目を離すことができなくなる。


『献灯使』1


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