『加耶から倭国へ』1

<『加耶から倭国へ』1>
図書館で『加耶から倭国へ』という本を、手にしたのです。
徴用工問題で、お互い上げた拳の下ろしどころがないような日韓関係であるが・・・
この際、日韓関係を古代史にまで遡ってみたいと思ったのです。


【加耶から倭国へ】


金達寿×平野邦雄、他著、竹書房、1986年刊

<「BOOK」データベース>より
古代史の焦点・加耶(かや)とは?朝鮮半島との関係を抜きに日本古代史は語れない。いにしえの天皇家はどこから来たのか。「任那日本府」なるものはどんな実態と意味を持っていたのか。「加耶(かや)」、それは閉ざされた日本の古代の扉を開くカギ。実際に研究者たちは加耶の古地から九州へと古代の道を歩いた。

<読む前の大使寸評>
徴用工問題で、お互い上げた拳の下ろしどころがないような日韓関係であるが・・・
この際、日韓関係を古代史にまで遡ってみたいと思ったのです。

amazon加耶から倭国へ

石村洞の初期百済古墳群


「第三章 紀行座談」から、加耶と任那の関係などについて、見ていきましょう。
p87~90
<加耶の故地から> 
金:われわれはいま加耶の地に入っているわけですかれども、加耶がどうして大事なのかということについては、これからいろいろと話されるはずですが、朝鮮に『三国史記』、『三国遺事』というのがありますけど、本当は『四国史記』、『四国遺事』じゃないといけないんですね。どういうわけか、加耶はほとんど無視されているような状態になっているわけです。

 加耶の成り立ちのことは、『三国遺事』に伝説的なこととして少し出ていますが、ほかに、『日本書記』などに「任那」として出ているだけです。この「任那」のことについては、後でまたいろいろと問題になるはずですが…。

 一方、歴史的な面で見ると、加耶と日本との関係は非常に深いと思うんです。それは、ご承知のようにぼくは『日本の中の朝鮮文化』というシリーズをやっていまして、全国歩いてみると、高句麗系あるいは新羅系、百済系と見られる古代文化遺跡がたくさんあるわけですけども、その基層を成しているのは出雲、吉備などはもちろんのこと、ほとんでみな加耶なんですね。
 
 例えば、大和・飛鳥の漢(あや)氏なんかにしても、みなさんは百済系とおっしゃっていますけども、ぼくはそれを百済・安那系と言っています。彼らは加耶の安那から来ているからですが、秦氏などにしても、これは平野さんの専門ですけども、普通、新羅系といわれていますが、ぼくは新羅・加耶系と言っています。

 とにかくあちこち歩いてみると、その秦氏だけでも、これは至る所に分布している古代日本最大の氏族なんですね。九州、四国はじめ、全国至る所に分布している大氏族です。
 われわれは、これから加耶のあちこちを訪ねるわけですけども、考古学的な遺物が最近数年間の間に非常にたくさん出ておりまして、古代日本史との関係でもそれが大きく脚光を浴びてきている。

 ところで、われわれが出発したのは、もとは百済だったソウルですね。そのソウルでは幸いに高麗大学校の伊世英さんに会って、しかもこの人は例の石村洞の初期百済古墳を発掘したわけですね。発掘したご本人が案内して下さって非常によかったんですが、初期百済古墳、そのいわゆる積石塚を見て、強い印象を受けました。ぼくは日本におけるそれとも合わせて、とてもいい勉強になりました。

 次に芳夷洞の横穴を見てもそうでしたけど、積石塚というのは高句麗の特徴的な墓制ですね。
 例えば、中国の東北地方の通溝などにあるものと非常によく似ています。大体、百済を建国したのは南下した高句麗の支配層ですけども、その百済の初期古墳のある京畿道からずっと、加耶の一部であった大邸にいま来ているわけです。高速道路を走って来て新羅をかすめましたが、要するに百済から加耶ですね。

 江上波夫さんの説ですけど、騎馬民族というのは、農耕地帯に入って来ると農耕民化するという話をどこかでしておられたと思いますが、南下した高句麗の一部が百済になったわけですけれども、しかし高句麗自身は高句麗としてそのままある。しかもその高句麗は後、その百済とも戦うことになる。

 そうして高句麗は百済だけじゃなくて、新羅や加耶まで来てるわけです。考古学的な出土物なんかでそれがわかる。そうした関係があるので、ぼくは初期百済古墳を見て強い印象を受けたものです。

西谷:日ごろ講義などの折に、三国時代に触れて、三国と加耶の時代だという話をするのですが、そういう意味で加耶をもっと重視していくべきだと思います。加耶の命運がどうなるかによって、朝鮮半島のほかの三国の政治状況が変わるわけです。加耶は、朝鮮の古代史にとってもちろん重要ですが、もう一つは、その地域が日本と非常に長い歴史的な関係を持続していることです。

 これはさかのぼれば、朝鮮半島の新石器時代と日本の縄文時代との間の交流に始まります。そして、弥生時代、古墳時代へとずっと深い関係にあります。

金:三国と加耶の時代というのはいいですね。




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