『シルクロード(ナショナルジオグラフィック)』3

<『シルクロード(ナショナルジオグラフィック)』3>
図書館で『シルクロード(ナショナルジオグラフィック)』というムックを、手にしたのです。
シルクロードと聞けば、大使のツボでんがな♪
ナショナルジオグラフィック誌の100年の記事から紹介するってか・・・期待できそうである。


【シルクロード(ナショナルジオグラフィック)】


ムック、日経BP出版センター、2004年刊

<「BOOK」データベース>より
果てしない砂の海、タクラマカン砂漠。天を突くような峰々がそびえ立つパミール高原。広大な中央アジアの大地を、東から西へ、西から東へと、ラクダや馬でたどった旅人たちの行く手には、いくつもの自然の要害が立ちふさがった。その道を、絹はいつ頃どのように西へ運ばれたのか。東の中国と、はるか西方のヨーロッパ世界とを結んだ絹の道「シルクロード」。隊商やマルコ・ポーロたちの残した足跡と、そこに暮らす様々な人々の生活の記録を、「ナショナルジオグラフィック」誌の100年の記事から紹介する。

<読む前の大使寸評>
シルクロードと聞けば、大使のツボでんがな♪
ナショナルジオグラフィック誌の100年の記事から紹介するってか・・・期待できそうである。

amazonシルクロード(ナショナルジオグラフィック)

莫高窟


1951年の敦煌を、見てみましょう。
p70~73
<仏教の聖地・敦煌 石窟に眠る1000体の仏像:フランク・ショー>
西へ向かうシルクロードは、仏教遺跡で有名な敦煌の近くで二手に分かれ、その先は過酷な砂漠と山岳地帯となる。旅人たちはこの町で行く手の安全を祈願し、やがて敦煌は仏教の聖地となった。崖に500もの石窟が掘られ、それぞれ仏像や壁画で埋め尽くされた敦煌の莫高窟は、宗教美術の一大ギャラリーだ。(1951年3月号)
 2000年の昔、世界の文明の中心がまだ東方にあった頃、中国の財宝は長大なシルクロードを通ってインドへ、ペルシャへと運ばれていた。古代中国の都、長安(現在の西安)から西へ延びるシルクロードは、甘粛省の玉門の辺りで万里の長城に別れを告げる。

 厚い城壁に囲まれた敦煌の町から少し西に進むと、絹の道は二手に分かれる。一方は北西へ向かい、ゴビ砂漠を抜け、ハミやトルファンを経由してペルシャ(現イラン)へと続く。もう一方は南に向かい、ロプノール砂漠を抜け、水もない土地をホータンへ、さらに山岳地帯を越えてインドへと続く。だから敦煌は、隊商の一行が食べ物と水を補給し、休息できる最後の町だった。

 キリストの生誕から400年後、敦煌を通る商人たちの間では、新しく生まれ活気のある仏教が信仰を集めるようになっていた。人々は自然と敦煌の町で足を止め、祈りを捧げるようになっていった。彼らの行く手には危険な長い旅が待っているからだ。

 敦煌の城壁から20キロほど先の鳴沙山と三危山の間の峡谷で、仏教僧たちは川岸の崖に大きな石窟を開き、その中に寺院を建立した。高さ60メートルほどの崖に、1・5キロ以上にもわたって数多く石窟を掘ったのだった。

 4世紀半ば、ある商人が絵かきを雇って小さな窟に装飾を施し、僧に旅の安全を祈願させたのが始まりだった。その後1000年以上にわたって、500もの石窟が仏陀と弟子たちを描いた壁画や像で埋め尽くされた。そして熱心な仏教徒たちは、人里離れたこの地に巡礼に訪れるようになった。これが敦煌の莫高窟である。

 この50年間、欧米の探検家らによって、経典などが略奪されてしまったが、石窟の多くは今も無傷のまま残されている。ここはまさに東洋の宗教美術の宝庫で、知られざる世界の不思議の一つである。1948年の夏、妻のジーンと私は莫高窟を見に行くことにした。中国には3年間滞在したが、西北部の辺境の地へは足を踏み入れたことがなかった。

 敦煌の向こうには、今や共産党の支配下にある新疆がある。その都ウルムチまで飛行機で飛び、陸路を戻る途中で莫高窟を見ることに決めた。ウルムチに1ヵ月滞在した私たちは、政府の公用トラックで町を後にした。ウルミチからトルファン、ハミ、そして中国領の西部では大きな町、安西を経て、ようやく敦煌に着いた。

 敦煌の町を出て車で砂漠を横切り、石窟へ向かった。しばらく走ると、しっくいを塗った居住区へ入った。2部屋のアパートの壁いっぱいに、石窟の壁画の模写が描かれていた。

 翌朝、朝日が偉大な崖を照らし出すところを見ようと、早起きして石窟まで歩いた。崖の表面はほとんど色あせた壁画で覆われていた。古代から残る木製の通廊が三重、そこが窟への入り口だと分かった。たくさんある崖の窪みには、小さな仏像が収められていた。

<日本人も手本とした唐代の絵>
 幸か不幸か、“修復”作業は資金不足で滞っており、美しくあせた色合いが、派手な色で塗りつぶされずに残っていた。砂漠の乾いた空気のおかげで、保存状態は非常によく、日光を浴びていない石窟内の壁画は今も色鮮やかだ。外壁に描かれたものは柔らかい色合いになり、砂漠の砂の色と美しく溶け合っていた。


『シルクロード(ナショナルジオグラフィック)』2:ラクダの隊商
『シルクロード(ナショナルジオグラフィック)』1:さまよえる湖

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