『日本近代漫画の誕生』2

<『日本近代漫画の誕生』2>
図書館で『日本近代漫画の誕生』という本を手にしたのです。
この「日本史リブレット」というシリーズであるが・・・
図が多く、薄くて手頃で、元祖ビジュアル本という体裁がええでぇ♪



【日本近代漫画の誕生】


清水勲著、山川出版社、2001年刊

<「BOOK」データベース>より
本書は、近代漫画誕生の経過を七つのエピソードで紹介する。
【目次】)
1 幕末諷刺画の誕生とその発展/2 自由民権期の『団団珍聞』/3 『パック』と日本近代漫画/4 「漫画」という言葉の誕生/5 国際漫画雑誌『東京パック』の登場/6 日本最長寿漫画誌『大阪パック』/7 柳瀬正夢の漫画表現の変遷

<読む前の大使寸評>
この「日本史リブレット」というシリーズであるが・・・
図が多く、薄くて手頃で、元祖ビジュアル本という体裁がええでぇ♪

rakuten日本近代漫画の誕生



「近代漫画の創始者」とも言われる北沢楽天を、見てみましょう。
p42~51
<『パック』の清親・楽天への影響>
 明治15(1882)年8月より、本多に代わって『団団珍聞』の風刺画を担当しだした小林清親は、『パック』からどんな影響を受けたのだろうか。清親は本多が見ていた『パンチ』や『パック』を当然見ていたと思われる。このほか、イギリス人画家C・ワーグマンの主宰する『ジャパン・パンチ』も見ていたことが判明している。

 週刊の『団団珍聞』に毎号2、3点の風刺画を描かねばならない清親にとって、参考になる資料は、そうした外国漫画雑誌の作品だったことは想像にかたくない。
(中略)

 明治18年2月から3月にかけて、フランス人画家ビゴーが『団団珍聞』に漫画を3点寄稿しているが、そのうちの2点は日本的な洒落や発想が色濃く出ているから、日本人との共同作業でつくられたように思われる。その日本人とは、当時の同誌の漫画担当者・小林清親にほかならない。

 清親は明治18年ごろから明治20年代初頭にかけて、ビゴーとの接触や外国漫画雑誌の閲覧によって、力強い漫画表現とは何かを追求した。日本人画家としては珍しい銅版刷風刺画を試み、石版刷漫画やコマ漫画をこの時期多数生み出したのも、外国漫画から触発されたものと思われる。

 『パック』の漫画から多くの影響を受けたもう一人の漫画家は北沢楽天である。清親作品よりも楽天作品のほうが、影響関係がより明瞭である。


 「鉄道の国営」の鉄道公営化による駅長・助役・駅夫の官員きどりの客扱いと運賃値上げを風刺した、巨人駅員のアイデアは、「現代の鉄道巨人」からヒントを得ているように思われる。両者の間に27年の時間差があるが、J・ケプラーの強烈な印象を与える鉄道界風刺画がずっと楽天の脳裡にあって、同じ鉄道界の風刺に巨人像を使用したのであろう。
(中略)

 日本の近代漫画のスタイルをつくり出した二人の巨人・小林清親と北沢楽天が、その風刺画の創作にあたって、欧米の漫画雑誌や来日欧米人の漫画雑誌から多くのヒントを得ていたことが、具体的にわかってきた。英仏からだけでなく、アメリカからもこんなに早くから影響を受けていたことが、『パック』誌によって証明された。


『日本近代漫画の誕生』1

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