『村上春樹と私』5

<『村上春樹と私』5>
図書館で『村上春樹と私』という本を、手にしたのです。
著者のジェイ・ルービンは『1Q84』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』などを翻訳していて、世界的に知られているそうです


【村上春樹と私】


ジェイ・ルービン著、東洋経済新報社、2016年刊

<商品の説明>より
『1Q84』『ノルウェイの森』をはじめ、夏目漱石『三四郎』や芥川龍之介『羅生門』など数多くの日本文学を翻訳し、その魅力を紹介した世界的翻訳家が綴る、春樹さんのこと、愛する日本のこと。

<読む前の大使寸評>
著者のジェイ・ルービンは『1Q84』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』などを翻訳していて、世界的に知られているそうです。

rakuten村上春樹と私


世界中の翻訳仲間について、見てみましょう。
p123~126
<オコナー賞受賞式に出席して>
■『ねじまき鳥クロニクル』に着想を得て
 今回の旅で妻と私はワシントン州シアトルから出発し、第二の立ち寄り先がダブリンだった。最初の訪問先であるアイルランドのコークで9月24日の夜にフランク・オコナー国際短篇賞に村上春樹が決まったと発表された。コペンハーゲンは第三の立ち寄り先であり、村上作品をデンマーク語に訳しているメッテ・ホルムさんに会いに行くのが目的だった。

 ホルムさんとは2006年3月に東京で開催された村上春樹国際シンポジウムで知り合った。デンマーク日本協会における講演も彼女が手配してくれて、そこでマッシーモ・フィオレンティーノが自作を収めたCDを私に手渡してくれたのだ。
(中略)

 ライナーノートで次の一節を読んで私が感激したことは言うまでもない。「この素晴らしい小説を書いた村上春樹と、それを見事に翻訳したジェイ・ルービンに最大のかんしゃを」

 言い換えれば、私の頭の中を絶え間なく流れている音楽は・・・私の翻訳に寄って促進された面もある。このシンプルだが心を打つメロディは、村上さんが書いた一編の短編小説のようにたちまち心を捉え、憶えやすい・・・多くの人と出来事が驚くべき国際的合流を遂げた成果であり、その中心に村上春樹がいる。これがグローバリゼーションならば、私は大賛成である。

 ある日本人作家のノーベル賞に対する権利を確立しようとする半官組織の発想ではないかと疑う者も我々の中にはいたが、たとえそうだったにせよ、国際シンポジウム・ワークショップ「」は素晴らしかった。特に参加者にとっては。

 これは世界中の翻訳仲間と出会う前代未聞の機会で、意見や感想のやりとりは公開イベントの最中だけでなく、食事や富士山麓の森を散策する間も行なわれた。これぞ「合流」の最たるものだ! 半年後、デンマークのエスロムにてメッテ・ホルムさん、美しいお嬢さんのフェリシア、私の妻が一緒にエビの殻をむいている姿を写真に撮りながら、あのシンポジウムは独特の実りをもたらしたのだと私はしみじみ感じた。

 1268年に川端康成が「日本人の心の精髄、すぐれた感受性をもって表現するその叙述の巧みさ」に対してノーベル文学賞を受賞された時と現在とでは、状況は多いに異なる。当時の西洋人は、日本人作家についてはこの上なく民族中心的な言葉で捉える用意しかなかった。1994年に大江健三郎が「誌的総鵜増力により、現実と神話が密接に凝縮された想像の世界をつくり出し、現代における様相を衝撃的に描いた」としてノーベル文学賞を授与された時には、西洋の側も視野が広がっていただろう。

 そして2006年9月にコーク市とマンスター文学センターが短篇賞を村上さんに与えた時は、グローバリゼーションが真っ盛りとなっていた。



『村上春樹と私』4:アメリカでの村上講演会
『村上春樹と私』3:村上作品の英訳
『村上春樹と私』2:翻訳者の仕事
『村上春樹と私』1:翻訳の苦労


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