『地球にちりばめられて』3
<『地球にちりばめられて』3>
図書館に予約していた『地球にちりばめられて』という本を、待つこと半年ほどでゲットしたのです。
言語学的なSFは、モロに太子のツボであるが・・・
ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出したHirukoという元ニッポン人が、興味深いのです。
「第9章 Hirukoは語る3」で同郷人との遭遇を、見てみましょう。
『地球にちりばめられて』2:「第6章 Hirukoは語る2」
『地球にちりばめられて』1:「第2章 Hirukoは語る」
図書館に予約していた『地球にちりばめられて』という本を、待つこと半年ほどでゲットしたのです。
言語学的なSFは、モロに太子のツボであるが・・・
ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出したHirukoという元ニッポン人が、興味深いのです。
【地球にちりばめられて】 ![]() 多和田葉子著、講談社、2018年刊 <「BOOK」データベース>より 留学中に故郷の島国が消滅してしまった女性Hirukoは、ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出した。Hirukoはテレビ番組に出演したことがきっかけで、言語学を研究する青年クヌートと出会う。彼女はクヌートと共に、この世界のどこかにいるはずの、自分と同じ母語を話す者を捜す旅に出る―。言語を手がかりに人と出会い、言葉のきらめきを発見していく彼女たちの越境譚。 <読む前の大使寸評> 言語学的なSFは、モロに太子のツボであるが・・・ ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出したHirukoという元ニッポン人が、興味深いのです。 <図書館予約:(2/18予約、8/28受取)> rakuten地球にちりばめられて |
「第9章 Hirukoは語る3」で同郷人との遭遇を、見てみましょう。
p262~265 <第9章 Hirukoは語る3> エスキモーのナヌークが偽物の同郷人ならば、今、目の前にいるSusanooは本物の同郷人だ。ところがこの本物は、懐かしい言葉など口にしてくれないだけでなく、懐かしくない言葉さえも口にしてくれない。こうなったら何語でもいいからしゃべってほしい。英語でもいい。蛇語でもいい。シュッシュッという音を口の中でたててくれたら、それだけでも言葉をもらった気分になれそうだ。 あるいは鴉のようにカアと鳴いてくれるだけでもいい。カアは母さんのかあ。それだけでも意味はすでに始まりかけている。ところがSusanooは動物にhならず、岩であり続ける。そしてわたしは、その岩にぶつかっては砕ける波だ。 「君はしゃべらない。君は黙っている。君は何も言わないことに決めたのかな。強制するつもりはないの。非難するつもりもないの。人間はどうして話をしなければいけないんですか、と逆に訊かれたら、わたしだって答えられないかもしれない。でも、君のそのダンマリは、そのまま続けていったら死に繋がるんじゃないかしら。話をしない人たちが何万人も暮らしている島を想像してみて。食べ物もあるし、着る物もある。ゲームもあるし、ポルノ・ビデオもある。でも住人たちは言語を失ってぼろぼろと死んでいってしまう。」 そう言い切ってから、わたしは激しく瞬きしてみた。まるでそうすれば場面転換が行なわれ、全く別のSusanooが現れるとでもいうように。でもわたしの目の前にいるのは相変わらず沈黙の人だった。 Susanooは歳はどのくらいなんだろう。言葉に引っ張られて顔に皺が現れることがないせいか、肌はつるつるしているが、ナヌークの話では確かSusanooは彼を雇ってくれた経営者の祖父にあたるはずだ。それだけ年輪の輪を広げてきた人間がまだ嘴の黄色いわたしに「君」と呼ばれたら気分を害するに違いない。そんな敬語的感覚がふいに蘇ってきたので、わたしは「あなた」に戻った。 「あなたがお友達とドイツで鮨屋を始めた話をナヌークから聞きました」 ナヌークの名を聞いても相手の顔には全く反応がない。よく考えてみると、Susanooがナヌークのことなど知らなくても不思議はない。つまり、わたしたちの間には共通の知人さえいないということだ。 「とにかく、すわりましょう」 すわるという言葉に相手の身体が初めてぴくっと反応し、右手が椅子の背に伸び、ゆっくり腰が下がっていって、お尻が着地した。 向かい合ってすわると、緊張が少しほぐれた。久しぶりの母語での会話はうばらしいものであるはずだ、すばらしいものにならなければいけない、とわたしが勝手に思い込んでいる、その思い込みが圧力になって会話が成り立たないということもありうる。わたしは肩を上下させたり、まわしたりいて、気楽に、気楽に、と自分に言い聞かせた。どこにでも転がっているような雑談、歯医者の待合室で隣の人とおしゃべりする時のような、そんな心持ちに自分を持っていこうとした。すると、こんなセリフがするすると口から出て来た。 「これもナヌークに聞いた話ですけれど、あなたは福井の出身だそうですね。いいですね、福井。わたしの故郷は新潟なんです。でも誰も新潟なんて言わないで、北陸と呼んでいました。県名は嘘つきだって言うんです。県なんて国の部品に過ぎない。部品は壊れたら捨てられるだけだ、だから県人であることはやめて、真にローカルな人間になるっていうことでしょうかね。あなたの故郷はどうですか。まだ福井って言っているんですか?もっとも、幸福の福という字が付いている県名は捨ててしまったら、福にも見捨てられそうで不安ですよね。(後略)」 Susanooは何もいわなかったが、不機嫌そうには見えなかった。そう言えば、クラスに一人はこういう男の子がいた。 |
『地球にちりばめられて』2:「第6章 Hirukoは語る2」
『地球にちりばめられて』1:「第2章 Hirukoは語る」
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