『地球にちりばめられて』2

<『地球にちりばめられて』2>
図書館に予約していた『地球にちりばめられて』という本を、待つこと半年ほどでゲットしたのです。
言語学的なSFは、モロに太子のツボであるが・・・
ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出したHirukoという元ニッポン人が、興味深いのです。


【地球にちりばめられて】


多和田葉子著、講談社、2018年刊

<「BOOK」データベース>より
留学中に故郷の島国が消滅してしまった女性Hirukoは、ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出した。Hirukoはテレビ番組に出演したことがきっかけで、言語学を研究する青年クヌートと出会う。彼女はクヌートと共に、この世界のどこかにいるはずの、自分と同じ母語を話す者を捜す旅に出る―。言語を手がかりに人と出会い、言葉のきらめきを発見していく彼女たちの越境譚。

<読む前の大使寸評>
言語学的なSFは、モロに太子のツボであるが・・・
ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出したHirukoという元ニッポン人が、興味深いのです。

<図書館予約:(2/18予約、8/28受取)>

rakuten地球にちりばめられて


「第6章 Hirukoは語る」で出汁のコンペティションあたりを、見てみましょう。
p185~189
<第6章 Hirukoは語る>
 ところが、確実に当りそうに思えたそんなささやかな予想でさえ、完全に裏切られることになった。わたしとノラが「シニセ・フジ」の前に着いた途端、待ち構えてでもいたように、中からナヌークとアカッシュが出てきた。うつむきかげんで、おはようも言わずに、二人は水の方に歩き始めた。

「どうしたの? もうすぐはじまるんでしょう?」
 わたしはナヌークよりは話しかけやすいアカッシュに追いついて尋ねてみた。彼のいいところは、がっかりしても怒っていても電気がついたままの部屋のようで、いつでも入ることができることだった。

「イベントは中止だ。」
「どうして?」
「それが複雑なんだ。ここでは話せない。みんなでコーヒーでも飲みに行こう。」

 振り向くと、ノラはナヌークの口から何か聞き出そうとしきりと話しかけていたが、ナヌークは首が折れるほどうつむいて何も言わなかった。
 近くの喫茶店に入ると、打ちひしがれて言葉が出なくなっているナヌークの代わりに、アカッシュの明るい声が事情を解明してくれた。

 主催者はブレイヴィークという名前でノルウェー人にしてはめずらしく激情しやすいひねくれ者で、国際的に活動する自然保護団体から、「このままえはキハダマグロは太平洋クロマグロに次いで絶滅してしまう。だからイベントに使うべきではない」という電話を受けると腹をたてて挑発的になり、マグロはマグロでさえあれば、どんなマグロであろうと食材として使うがそれだけでなく、鯨を食べるのがノルウェーの伝統であるということをイベントの冒頭でアッピールすることにした。

 ブレイヴィークは国粋主義者だが、ノルウェーの価値観がヨーロッパの他の国々とどう違うのかを説明するのはとても難しい。唯一違うのは、鯨とのつきあい方だった。

 だからノルウェーの伝統として鯨料理を披露して、自然保護団体を怒らせてやろうとブレイヴィークは考えたのかもしれない。ところが、いざとなると鯨料理をつくれる料理人が見つからない。テンゾという参加者が唯一、自分はいくつか鯨料理をつくれる、と言うので、そのプレゼンテーションでイベントの幕開けをすることが昨日決まった。「鯨を食う喜び」という挑発的な広告が夜のうちに電子に乗って町中に流された。

 ところが今朝になって、警察から電話があって、鯨の死体が海岸にあがった。事情聴取したいので出頭するように言われた。「自分たちは関係ない」とブレイヴィークはきっぱりと否定したが、「でもあなたは、鯨料理を披露するイベントの責任者なのではないか」と問われ、「その時に使う肉はもう何ヶ月も前から冷凍庫にしまってあって購入証明書もある」と答えた。

「まさかゆうべ鯨を殺して今日料理するような計画をたてる人がいますか」と反論するブレイヴィークは口先だけは威勢がよかったが、内心は警察を恐れていたので、鯨料理だけでなくイベントそのものを中止にした。出頭命令を無視することもできないのでブレイヴィークはすでに警察に向かっている。ナヌークも昼までには警察に顔を出し、いくつかの質問に答えなければならないのだそうだ。

「わたしたちもいっしょに行きます」
 とわたしは語学の教科書に出ていてもおかしくないような文章を口にしていた。しっかり意味も届いたようで、かたまっていたナヌークの表情が少しゆるんだ。わたしはアカッシュとノラの顔を交互に見比べながら英語で言った。

「みんなでいっしょに警察に行きましょう。鯨の死に関しては、ナヌークに責任がないことは確かだけれど、移民はナンセンスな理由で逮捕されるかもしれないという不安に絶えずとりつかれているものなの。だから友達がまわりにいた方がいいの。」
「僕ももちろんいっしょに行くよ」
 と言ってアカッシュが少女のようににっこり笑った。ノラも当然いっしょに行くと言いたげな顔で頷いた。しおれた植物のようだったナヌークの上半身がしゃんと伸びてきた。英語で討議するわたしたち四人の脚のようで、もう傾いて倒れることはなかった。

 沈黙が訪れると、四人それぞれ、考えていることは全く違うんだろうな、と思った。ノラはナヌークではなくテンゾに言いたいことがまだあっただろう。
(中略)

 わたしはそんなことを考えながら、キャラメルのように茶色いヤギのチーズを堅焼き煎餅のようなクネッケ・パンに塗っては口に運んでいた。ノラとアカッシュはサラダを頼み、ナヌークは何も食べずに水ばかりおかわりをしていた。

「君が食べているそれは一体何なんだい」
 とアカッシュに訊かれ、
「ヤイトオスト」
 と答えてみんなが不思議そうな顔をしているのを見て初めて、短期間とは言え、この国で暮らしたことがあるのはわたしだけだということを思い出した。ナショナリストのブレイヴィークに言ってあげたい。この中ではわたしが一番ノルウェー人なんです、と。


『地球にちりばめられて』1

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