『日本近代漫画の誕生』1

<『日本近代漫画の誕生』1>
図書館で『日本近代漫画の誕生』という本を手にしたのです。
この「日本史リブレット」というシリーズであるが・・・
図が多く、薄くて手頃で、元祖ビジュアル本という体裁がええでぇ♪



【日本近代漫画の誕生】


清水勲著、山川出版社、2001年刊

<「BOOK」データベース>より
本書は、近代漫画誕生の経過を七つのエピソードで紹介する。
【目次】)
1 幕末諷刺画の誕生とその発展/2 自由民権期の『団団珍聞』/3 『パック』と日本近代漫画/4 「漫画」という言葉の誕生/5 国際漫画雑誌『東京パック』の登場/6 日本最長寿漫画誌『大阪パック』/7 柳瀬正夢の漫画表現の変遷

<読む前の大使寸評>
この「日本史リブレット」というシリーズであるが・・・
図が多く、薄くて手頃で、元祖ビジュアル本という体裁がええでぇ♪

rakuten日本近代漫画の誕生

鳥羽絵


この本の冒頭を、見てみましょう。
p1~3
<日本の近代漫画はどのようにして生まれてきたか>
 日本に大衆を対象にした漫画が登場するのは、江戸中期(18世紀初頭)である。大坂の版元が刊行した木版戯画本(鳥羽絵本)が好評を博して全国に行き渡っていく。江戸の人々が、今日の「漫画」を意味する言葉として「鳥羽絵」を使ったのは、この「鳥羽絵」本のヒットによる。

 幕末にいたり、幕藩体制がゆるんで幕府が数々の改革を敢行せざるをえなくなると、武士・貴族や幕政を批判するいわゆる権力風刺画が生まれてくる。したがって、江戸時代には、木版刷の大部数による戯画浮世絵・風刺浮世絵が生み出され、内容的にも今日のナンセンス漫画・サイレント漫画など、かなり高度な漫画作品が生まれてくる。

 文久2(1862)年、横浜居留地でイギリス人チャールズ・ワーグマンによって木版刷の漫画雑誌『ジャパン・パンチ』が発行され、居留外国人の間で人気を博す。この定期刊行の時事問題をテーマにした雑誌は、日本人の間でも評判になり、幕末の日本の新聞にも漫画が掲載されるような影響を与える。また、時事的テーマの漫画(カートウーン)を「ポンチ」と呼ぶようになり、明示初期には流行語となって、明治語として定着していく。

 明治7(1874)年、仮名垣魯文・河鍋暁斎によって創刊された『絵新聞日本地』は、明らかに『ジャパン・パンチ』をまねたものであるが、時事問題をテーマにした漫画の描法がまだ江戸風であったので、それほど評判にならず数号で廃刊する。

 明治十年に広島出身の士族・野村文夫によって創刊された『団団珍聞』は、イギリスの漫画週刊誌『パンチ』をまね、漫画を売り物にした週刊誌として亜鉛凸版印刷で刊行される。また野村と同じ広島出身の洋画家本多錦吉郎は、『パンチ』やアメリカの『パック』などを研究して西洋風の時局風刺漫画を描き、その斬新さで人気を得る。時あたかも自由民権運動の高揚期で、運動に賛同する編集方針を打ち立てて部数を伸ばしていく。

 明治十五年、本多の後を継いだ小林清親は石版刷によるすぐれた時局風刺画を描く。しかし、本多にせよ小林にせよ、西洋漫画を研究したはいえ、漫画は大衆に理解されなければ目的を果たせないのが宿命である。

 そのため、江戸の戯画浮世絵・風刺浮世絵に慣れた大衆に理解させるために、江戸スタイルと西洋スタイルが合体したような作品になりがちだった。たとえば、政治家を似顔で表現しても、本当に理解されるか疑念をもって、洋服や着物の上にその政治家の名字の頭文字を家紋風に仮名で入れるといった江戸戯画スタイルで描いた。


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