『英国ファンタジーの世界』2

<『英国ファンタジーの世界』2>
図書館で『英国ファンタジーの世界』というビジュアル本を、手にしたのです。
大使の場合、英国ファンタジーといえば「不思議の国のアリス」である、それもジョン・テニエルの挿絵にかぎるという懲り様である。ということで、この本にとりかかります。

【英国ファンタジーの世界】


奥田実紀著、河出書房新社、2016年刊

<「BOOK」データベース>より
不思議の国へようこそ!ファンタジーゆかりの地を歩き、作品誕生の歴史を探る!今も愛される物語の魅力とは?映画、ドラマ。映像の中の作品舞台も紹介!神話、伝統。幽霊、魔女、魔法使い。妖精、そして愉快な動物たち。胸踊る、時空を超えた英国ファンタジーの世界。

<読む前の大使寸評>
大使の場合、英国ファンタジーといえば「不思議の国のアリス」である、それもジョン・テニエルの挿絵にかぎるという懲り様である。ということで、この本にとりかかります。
rakuten英国ファンタジーの世界



「第8章 クマのプーさん」を、見てみましょう。
p86~61
<始まりは、子ども向けの詩> 
 ケネス・グレアムの『たのしい川べ』に夢中になり、戯曲化したのがA・A・ミルン。『たのしい川べ』が好きか嫌いかで人を判断したほどのめり込んでいたといいます。

 1929年、ミルンの書いた「ヒキガエル屋敷のヒキガエル」が公演されます。大好きな作品をうまく舞台化できるか不安だったそうですが、そこにはグレアム夫妻の姿もあり、舞台にけちをつけることなく、思いやりをもって仲むつまじく静かに観ていたことにほっとしたそうです。

 ミルンは子どもの頃から成績優秀で、ケンブリッジ大学卒業後にフリーランスのジャーナリストをめざして奮闘。人気の風刺雑誌『パンチ』の編集部に入ることができ、波に乗っていました。大好きだった『ピーター・パン』に影響されて戯曲にも興味を持ち、バリ本人に書いた戯曲を見せ、やっていけそうだという返事をもらうと、戯曲のほうにも手を伸ばしていきました。

 しかし、ミルンの名を広めたのは、ミルンが自分の専門ではないけれども…と雑誌に書いた子ども向けの詩でした。それを見た編集者から、このような詩を本にまとめられるくらい書いてみてはどうかと勧められ、避暑で滞在していたウェールズで気軽に詩を書き始めます。こうしてまとめた詩が、1924年に『ぼくらがとてもちいさかったころ』として出版されるのです。出版社はメシュエン社、ミルンが愛していた『たのしい川べ』の版元でした。

 挿画はE・H・シェパードで、おもしろいことにミルンははじめ、シェパードの絵を下手だと思っていたとか。
 売れないかもしれないというミルンの心配をよそに、詩集はよく売れ、子どものための物語執筆を新聞社から再び依頼されます。
(中略)

<ベストセラーになった、二冊のプーのお話> 
 これにいくつかのお話を加え、1926年に出版されたのが『クマのプーさん』です。続編『プー横丁にたった家』は1928年に出版。お話の舞台になった“ひゃくちょう森”は、1925年にミルンがイースト・サセックスのハートフィールドに購入した「コチフォード・ファーム」の周りの“アッシュダウンの森”です。

 ミルンはシェパードをハートフィールドに招待し、シェパードは存分にスケッチを行ないました。シェパードの見事な挿画の後押しもあって、二冊のプーのお話はベストセラーに。「ナルニア国」シリーズとは違い、はじめに夢中になったのは大人だったそうです。


『英国ファンタジーの世界』1

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