『そして、メディアは日本を戦争に導いた』2

<『そして、メディアは日本を戦争に導いた』2>
図書館で『そして、メディアは日本を戦争に導いた』という本を、手にしたのです。



【そして、メディアは日本を戦争に導いた】


半藤一利, 保阪正康著、東洋経済新報社、2013年刊

<「BOOK」データベース>より
軍部の圧力に屈したのではなく、部数拡大のため自ら戦争を煽った新聞。ひとりよがりな正義にとりつかれ、なだれをうって破局へ突き進んだ国民…。昭和の大転換期の真相を明らかにし、時代状況が驚くほど似てきた“現在”に警鐘を鳴らす。
【目次】
序章 いまなぜジャーナリズム論か/第1章 戦争報道と商業主義/第2章 テロと暴力賛美の歪み、その内側/第3章 国際社会との亀裂の広がり/第4章 国家の宣伝要員という役割/第5章 暴力とジャーナリズム/終章 現在への問いかけ

<読む前の大使寸評>
戦中派が語るジャーナリズム論だけに・・・苦渋の歴史が見えるようです。

rakutenそして、メディアは日本を戦争に導いた



「第4章 国家の宣伝要員という役割」で総合雑誌のあたりを、見てみましょう。
p140~143
<昭和初期の総合雑誌は啓蒙主義> 
保坂:昭和の初めの頃のジャーナリスト、新聞記者でも雑誌記者でもいいんですけれど、彼らにはプライドというか、仕事への目的意識が強くあったと思うんです。例えば、文春の場合なら菊池寛によって会社ができて間もなくの頃の編集者たちには、例えば作家に良い小説を書いてもらうことで庶民を啓蒙するんだとか、そうした目的意識があったんじゃないでしょうか。日本の国民には教養が欠けている、俺たちがその啓蒙の役目を担っているとの自覚です。

半藤:『文芸春秋』という雑誌について言えば、『改造』、『中央公論』、『日本評論』といった雑誌よりも後発で、しかも最初は文芸雑誌だったんですね。それがあるときから総合雑誌という形になった。当時は、ある程度の金を払って許可を得て、それから総合雑誌になるんですから、雑誌『文芸春秋』の編集者には、先行している総合雑誌に追いつけ追い越せという気持ちはあったと思います。

 啓蒙という意識ですが、菊池寛の言葉を借りれば、「六分の慰楽 四分の学芸」、いや違ったかな。いやいや、やっぱり六分の楽しみ、つまり六分の娯楽だったと思います。そして、四分が啓蒙で、エンターテインメント的啓蒙という方針でした。だから、かなり真面目に楽しくさせながらの啓蒙をやったんじゃないですか。

保坂:その頃に前を走っていたのは『中央公論』とか『改造』とかですが、当時の雑誌を読むと、天下国家はかくあるべしという形、つまり国家論を振り回していて、それが雑誌の寄って立つ位置だったんですね。

半藤:そうだと思いますよ。巻頭論文というものがあって、世の中をとにかくリードしていくんだ、こっちへ引っ張っていくんだという人たちが多かった。そういう意味では、『改造』、『中央公論』、『日本評論』などは、それぞれスタイルの違いはあるものの、ものすごい啓蒙主義者たちの集まりです。

保坂:彼らの頭の中には、知識人と大衆という図式が入っているわけですね。俺たちは知識人で、愚昧な大衆をリードしないとあいつらは何をやるかわからないというような意識があったんでしょうね。逆に、大衆を代弁していたのが『都新聞』とか雑誌では『日の出』とかでしょう。『文芸春秋』はその中間を狙ったんですね。啓蒙も娯楽も両方必要だと。

半藤:六分が娯楽ですからね。それは菊池寛という人が、難しいものばかりで啓蒙しようとしても大衆はついて来られない、もう少しわかりやすいもので啓蒙しようという考えだったからなんです。それで、『文芸春秋』は中間に入っていったんですね。

保坂:『東洋経済新報』は先頭を走っていたほうの雑誌だったんですよね。

半藤:この雑誌は当時、きちっとした小日本主義という主義主張を明確にしていましたからね。この『東洋経済新報』の主義主張は他の雑誌とは違いましたから、ものすごく独自な雑誌じゃないでしょうか。

―:それは石橋湛山からだと思われますか。

半藤:いや、その前からでしょう。二代くらい前からそうで、湛山がそれを引き受けた。そして強く打ち出した。その意味では、当時、東洋経済新報社はかっちりとした会社でしたね。

保坂:とくに金解禁のときの井上準之助と高橋是清なんかについて、『東洋経済新報』はっかなり専門的に報じたらしいですね。経済に関するインテリ雑誌という感じでしょうか。

半藤:ものすごいインテリ雑誌です。ですから、『東洋経済新報』の存在というのは戦前のジャーナリズムを見るときに、非常に大事にしなければならないところがあるんですよね。ただし、『東洋経済新報』の唱えていたことを、国家は一切認めようとはしませんでした。

ところで、今ではシニア向け雑誌の感がある『文芸春秋』であるが・・・
昭和14年頃までは体制に抵抗していたそうです。

『そして、メディアは日本を戦争に導いた』1


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