『ぼくの翻訳人生』8

<『ぼくの翻訳人生』8>
図書館の放出本コーナーで『ぼくの翻訳人生』という新書を、手にしたのです。
巻末の著者来歴を見ると、東大仏文科卒で、共同通信社の記者、ワルシャワ大学の日本語学科講師などを経て翻訳家になったようです。
とにかく、米国留学を中退し、ポーランド文学、ロシア文学を専攻するというヘソ曲がり具合が大使のツボを打つのです。

先日、「翻訳は30年しかもたない」というヶ所を読んでよかったので、この本の再読を再開したところです。


【ぼくの翻訳人生】


工藤幸雄著、中央公論新社、2004年刊

<「BOOK」データベースより>
翻訳を手がけて半世紀。著者はポーランド語翻訳の第一人者であり、ロシア語、英語、仏語からも名訳を世に送り出してきた。満洲での外国語との出会い、占領下の民間検閲局やA級戦犯裁判での仕事、外信部記者時代の思い出。翻訳とは、落とし穴だらけの厄介な作業だという。本書は、言葉を偏愛する翻訳者の自分史であると同時に、ひとりの日本人の外国語体験の記録でもある。トリビア横溢の「うるさすぎる言葉談義」を付した。

<読む前の大使寸評>
巻末の著者来歴を見ると、東大仏文科卒で、共同通信社の記者、ワルシャワ大学の日本語学科講師などを経て翻訳家になったようです。
とにかく、米国留学を中退し、ポーランド文学、ロシア文学を専攻するというヘソ曲がり具合が大使のツボを打つのです。

rakutenぼくの翻訳人生


翻訳のトリビアが述べられているので、見てみましょう。
p112~114
■遅すぎたアメリカ留学
 34歳でのアメリカ留学…これは遅すぎた、年齢制限は35歳までであり、ようやく間に合ったというなら、確かにそうだが…。
 ぼくの悪い癖にひとつ気付いた。翻訳癖だ。

 その必用は皆無なのにも拘わらず、会話の最中「いまの表現、うまい日本語にすれば、こうだろうな」と相手の言い方を幾通りかに翻訳してみたくなる。そんな癖は早急にやめることだ。マイナスが多い。会話上達のうえで障碍となる。あるとき、「水泳できるの?」と訊ねたら、アメリカの少年から、「vaguely」という応答が戻ってきた。訳したくなる返事ではないか。トライしてみて下さい。

 買い物を済ませてお店を出かかったときに、「Please return」とか「Please come buck」とか声が掛かり、忘れ物かと慌てて戻りそうになったことがある。なんのことはない…「またどうぞ」なのだ。

 日本の教室で教わらないことは無数にある。先述のA Perfect Day for Bananafishの末尾、部屋に戻ろうとするシーモアは「Five, please」と声を掛ける。五階にエレベーターを止めてもらいたいからだ。fifth floorではない。階数は順序数詞で済ませるのがアメリカ式である。簡単だ。

 医院で「ear, nose, throat」という看板もあった。ラテン語からくる耳鼻咽喉科に相当する専門語と並べてのサインなのだ。「みみ・はな・のど科」の表示を日本では見られない。ジビインコウではどんなイメージも浮かばない。

 字音と日常語との乖離が日本語の宿命だ。そのような乖離は「食事」と「食べる」、「歩行」と「あるく」、「恋愛」と「こい」、「乗車」と「のる」、「知識」と「知る」・・・無限に・かぎりなく、指摘でき、並べられる、宿命・さだめである。
 「こうえん」だけで講演・公園・後援・好演・口演、高遠・香煙がずらり連なってくるのも、同様の同音異字が数え切れないのも、母語への愛着心の動揺を誘う。

 アメリカ留学の昔話にリターンする。まず食べ物。寮では日曜日になると、サンデー・ディナーが供せられた。肉料理と決まっていて、たいていがぼくの好物beefsteakだった。好物ながら、学校で出るビフテキは喉に落ちるまでが大作業だった。

 筋ばって、硬くて噛めない、一所懸命、租借した末にようやく喉送りするまでの時間の掛かること。そのうち慣れてくると、見るだけに留めて作業を一切放棄した。食べられる代物ではなかったのだ。

 アメリカでは郵便局・小学校・役場…どこにでも星条旗が立っていた。あれが嫌だった。戦争中の日本を思い出させたからだ。ただ、国歌を歌わされることはなかった。どこの街にもWAL★MARTのスーパーが目に着いた。そのころの日本はスーパーもなく、高速道路もなく、家庭に冷暖房の電気器具もなく、自家用車はろくに普及していなかった。アメリカでは廃車の築く山が到るところで醜い残骸を曝していた。

 オリエンテーションを受けたキャンザス大学の夏のキャンパスでは、ミンミンゼミがうるさく鳴きしきっていた。留学生係の黒人学生に「あれはなんという虫か」とセミの呼び名が知りたくて訊ねた。「Bug(虫)」という返事に二の句が継げなかった。だから、いまもミンミンゼミの英語名を知らない。


『ぼくの翻訳人生』7:翻訳は30年しかもたないp101~103
『ぼくの翻訳人生』6:誤訳についてp222~223
『ぼくの翻訳人生』5:日本語は論理的でない?p241~242
『ぼくの翻訳人生』4:クール・ジャパンのような「日本語」p90~91
『ぼくの翻訳人生』3:第二外国語の学習p85~88
『ぼくの翻訳人生』2:翻訳家になる前の就職活動p56~59
『ぼくの翻訳人生』1:フランス文学体験p241~245

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