『科学する心』3

<『科学する心』3>
図書館に予約していた『科学する心』という本を、待つこと1ヵ月ほどでゲットしたのです。
福岡伸一は科学者から科学的物書きとなったが、池澤夏樹はその逆で、物書きが科学エッセイストをめざしているような感じですね。


【科学する心】


池澤夏樹、集英社インターナショナル、2019年刊

<「BOOK」データベース>より
大学で物理学科に籍を置いたこともある著者は、これまでも折に触れ、自らの作品に科学的題材を織り込んできた。いわば「科学する心」とでも呼ぶべきものを持ち続けた作家が、最先端の人工知能から、進化論、永遠と無限、失われつつある日常の科学などを、「文学的まなざし」を保ちつつ考察する科学エッセイ。

<読む前の大使寸評>
福岡伸一は科学者から科学的物書きとなったが、池澤夏樹はその逆で、物書きが科学エッセイストをめざしているような感じですね。

<図書館予約:(5/11予約、6/15受取)>

rakuten科学する心



「第5章 原子力、あるいは事象の一回性」から原爆について、見てみましょう。
p99~102
■オッペンハイマーは「われは死なり」と呟いた
 1982年、37歳の時にぼくは『ヒロシマを壊滅させた男オッペンハイマー』(白水社)という、イギリスBBCのジャーナリストが書いた本の翻訳を出した。
 
 話は1945年、ぼくの誕生の時に戻る。
 原子爆弾開発の主役だったオッペンハイマーはインテリだったから、ニューメキシコ州に作られた実験場にジョン・ダンの詩を引用して「トリニティー(三位一体)」という名をつけた。

 実験の前、マンハッタン計画に参加した科学者たちは自分らが開発した原子爆弾の威力について懐疑的だった。威力についてさまざまな数字が飛び交った。最も楽観的なのはエドワード・テラーが出したTNT火薬に換算して四万五千トンというもの。ハンス・ベーテは八千トン、公式の予測は五千トン、オッペンハイマーは指揮する立場なのに悲観的に三百トン。ゼロと言う者もいた。

 その頃、原爆開発の拠点だったロスアラモスで広まった戯れ歌…
 
 ボロ実験室がオシャカを生むと
 首に落ちるはトルーマンの斧
 見よ、立って戦う学者の雄姿
 聞け、世界に轟く不発弾

 7月16日、二十億ドルを費やした爆弾はちゃんと爆発した。多くの予想を上回って威力はTNT火薬にして二万トン相当だった。
 
 オッペンハイマーは、ここでインドの古典『ヴァガヴァッド・ギーター』の一節を思い出して「われは死なり。多くの世界の破壊者なり」と呟いた、と後に語っている。戦いを前にしてためらう王子を神クリシュナが激励する言葉だ。オッペンハイマーにはためらいがあったのだろう。

 なぜ、原爆は完成してしまったのか?
 もともと科学者たちは半信半疑だった。理論は理論、できっるかぎりのことはやった。核分裂連鎖反応が起こることは間違いない。それは、1942年の暮れにシカゴ大学に作られた実験炉で実証されている。ウランを埋め込んだ黒鉛のブロックを積み上げたもので、カドミウムの制御棒を抜くとそれは臨界に達した。

 ロスアラモスの課題はもっぱら工学的なものだった。原爆には二つのタイプがある。ウラン235を用いる砲弾型とプルトニウムを用いる爆縮型。後者では球状のプルトニウムの塊の周りに配置された数十個の雷管を誤差数百万分の一秒というタイミングで同時に着火させなければならない。この過程で臨界を実現するのだが、これがばらつくとプルトニウムの多くは連鎖反応に参加しないまま飛散してしまう。

 だが、爆縮型によるロスアラモスの実験はTNT換算二万トンという大きな結果を出した。

 既にナチス・ドイツは降伏し、原爆開発の本来の意義は失われていた。満身創痍で最後の抵抗をしている大日本帝国の都市の住民の上にこれを落としていいものか()。しかしことを決めるのは軍人と政治家であり、科学者ではなかった。所詮、彼らは雇われた身でしかなく、決定権はなかった。

 これを実用に供した結果はどんなものだったか。証言は無数にあるが、例としてこうの史代の『この世界の片隅に』を見よう。呉で暮らす若い人妻すずのほぼ二年に亘る生活の先にヒロシマがある。


更に読み進めました。
p112~114
■原爆とはなんと単純なものか
 2012年から翌年にかけて、ぼくは『アトミック・ボックス』(角川文庫)という長篇小説を新聞に連載した。1980年代の日本に核兵器開発の秘密計画があったというポリティカル・スリラー。

 書いている途中で『ロスアラモス・プライマー』(丸善プラネット)を入手した。これは原爆の入門書で、オッペンハイマーの指示でロバート・サーバーという物理学者が作ったものだ。サーバーは1943年4月にロスアラモスで新入りの物理学者たちを相手に、自分たちが何を作ろうとしているかを説明する簡潔な講義をして、その結果をパンフレットにまとめた。言うまでもなく極秘書類だったが、アメリカは1965年にその制限を解除した。今はインターネットで読めるし書物化もされている。  

 これを読んで思ったのは、原爆とはなんと単純なものかということだった。それは砲弾型でも爆縮型でも変わらない。ウラン235かプルトニウムを臨界直前の状態に保っておいて一気に臨界に至らせる。もちろんウラン235やプルトニウムの製造は大変だし、爆縮型ならば雷管の同期を実現するのも容易ではない。しかし原理的には単純なのだ。部品数は普通の乗用車よりずっと少ないのではないか。


『科学する心』2:カンブリア爆発
『科学する心』1:『サピエンス全史』を巡って

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック