『稲を選んだ日本人』1

<『稲を選んだ日本人』1>
図書館で『稲を選んだ日本人』という本を、手にしたのです。
注目点は要するに、水稲耕作という文化衝撃に抗った縄文人がいたのではないか?と思うわけです。


【稲を選んだ日本人】


坪井洋文著、未来社、1982年刊

<「BOOK」データベース>より
古書につきデータなし
 
<読む前の大使寸評>
注目点は要するに、水稲耕作という文化衝撃に抗った縄文人がいたのではないか?と思うわけです。

amazon稲を選んだ日本人


イラチな太子はまず「稲を拒否した日本人」を、見てみたのです
p85~87
<稲を拒否した日本人>
 さて水田稲作を中心とした文化を稲作民的農耕文化とするならば、雑穀、根菜類を中心とした文化を畑作民的農耕文化と規定することが可能であり、前者を単にイネ文化、後者をイモ文化というふうに象徴化することもできよう。

 いずれにしても従来の日本の学問は、イネ文化に中心をおき、イモ文化を周縁的文化といて位置づけてきた。中心と周縁という文化のダイナミズム分析は、日本民俗学のいう民俗文化に当てはめると、必ずしも全体を把え得る概念とはならない。なぜかというと、日本民俗学の方法は中心が周縁を形成してきたとする史観に立つからであり、中心と周縁は同質の文化によって連続しているという方法論上の定説がそれを規定してきたのである。まったく、中心と周縁を、パラレルで等価値的文化の体系的関係として把える視点がなかった。

 これは正統派に属する日本民俗学者の方法論や理論を基礎づける前提でもあった。したがって、この前提は何度も述べたように、日本文化イコール稲作文化なりという単一文化史観に依拠しているのであり、その史観によって排除される文化要素を視野に組み入れる余地はなかった。

 日本の歴史書にあらわれてくるのが稲作であり、他は記録に見ることが稀だという現象上の理由によって、稲作を日本文化形成の単一母胎とみるのは、文化の表層と深層の関係の構造をわきまえぬ者の判断である。

 日本の民俗文化というものは、諸類型を統合する特定の秩序のもとに形成された独自性と考えることができ、そのことを視野にいれない文化論は、単一文化類型論のように、やがては不毛に近い結果なり個別現象の解釈的役割しか果たさなくなってしまう。そのゆな問題をいまここで具体的に論じていくためには、まず稲を選択しなかった日本人について取りあげるのが効果的であると考える。

 いま筆者がいう、稲を選択しなかった日本人というのは、実際に稲の栽培を拒否し、それを食物とすることを禁忌しながら、稲以外の作物、食物によって生活している人々を対象としているのではない。

 日本には、ある特定の集団がその伝承する神話にもとづいて、特定の行為を禁忌視する場合がある。その行為は言葉や思考をも含む広義の禁忌であるが、中でも注目されるのが、特定の作物を栽培したり、それを食べたりすることの禁忌である。

 すでにはやく倉田一郎はこの点に分析を加え、23品目の栽培植物について禁忌のあることを挙げ、それを河上一雄はつぎのように整理している。

1 禁忌の対象となった作物は、もと神用であり、神聖視される。
2 神用という神聖視の念がくずれて、価値転換がなんらかの理由であり、不浄視されて禁忌の対象となった。
3 禁忌の対象たる作物は、外来産のものが多いこと。
4 比較的新しく入ってきた作物が、禁忌の対象となったのは、古来からの作物との景観的アナロジーによること。
5 禁忌の成立には、民間宗教の関与があると予想されること。

 その後、河上により、さらに禁忌とされる栽培植物は50品目に整理されているが、このように多種におよび、しかも作物の禁忌がそれを担う集団の文化や社会との規制的関係にありながら、日本の場合は、その思考や行動様式と日常的にかかわるものではないようである。したがって、この問題は別に論ずる必要があると考える。


この本も縄文人の世界R7に収めておくものとします。


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