ミヒャエル・エンデ著『モモ』1

<ミヒャエル・エンデ著『モモ』1>
駅前のバザーでミヒャエル・エンデ著『モモ』という文庫本を、手にしたのです。
お値段は100円という「持ってけ泥棒」値段であり、汚れもない状態であり・・・
即、購入したのです。
ぱらぱらとめくると・・・
エンデ自筆の挿絵も載っていて、サービス満点でおます♪


【モモ】


ミヒャエル・エンデ著、岩波書店、2005年刊

<「BOOK」データベース>より
町はずれの円形劇場あとにまよいこんだ不思議な少女モモ。町の人たちはモモに話を聞いてもらうと、幸福な気もちになるのでした。そこへ、「時間どろぼう」の男たちの魔の手が忍び寄ります…。「時間」とは何かを問う、エンデの名作。小学5・6年以上。

<読む前の大使寸評>
お値段は100円という「持ってけ泥棒」値段であり、汚れもない状態であり・・・
即、購入したのです。
ぱらぱらとめくると・・・
エンデ自筆の挿絵も載っていて、サービス満点でおます♪

rakutenモモ




冒頭の語り口を、ちょっとだけ見てみましょう。
p11~14
<1章 大きな都会と小さな少女>
 むかし、むかし、人間がまだいまとはまるっきりちがうことばで話していたころにも、あたたかな国々にはもうすでに、りっぱな大都市がありました。そこには王さまや皇帝の宮殿がそびえたち、ひろびろとした大通りや、せまい裏通りや、ごちゃごちゃした路地があり、黄金や大理石の神々の像のある壮麗な寺院がたち、世界じゅうの品ものがあきなわれるにぎやかな市がひらかれ、人びとがあつまってはおしゃべりをし、演説をぶち、話に耳をかたむける、うつくしい広場がありました。とりわけ大きな劇場もそういうところにはあったものです。

 劇場のようすは、いまの屋外競技場ににていました。ただ、どこからどこまで石材をつんでつくってあるというてんだけが、ちがいます。観客席は、すりばち型に、上にゆくほどひろがりながら重なっている石段です。建物ぜんたいを上から見ると、まんまるなものもあり、楕円形のものも、半円形のものもありました。こういう劇場は、円形劇場とよばれていました。

 これらのなかには、サッカー場ぐらいの大きいものもあれば、せいぜい数百人の観客しか入れない小さいものもありました。円柱や石像のついた豪華なのもあれば、かざりけのない、質素なものもありました。屋根はなくて、青天井のもとで芝居はおこなわれたものです。ですから、ぜいたくな劇場では、観客の頭のうえに金糸を織りこんだ幕をはって、てりつける太陽をさえぎり、にわか雨がふっても安心なようにしてありました。そまつな劇場では、芦やわらでつくったござが同じ役目をはたしました。
(中略)

 ほんとうのところ、このめずらしい石の建物のことをよく知っていたのは、ちかくに住んでいる人たちだけでした。みんなはここにヤギをつれてきて草をたべさせました。子どもたちは、まんなかの平らな地面をボールあそびにつかいました。晩になると、恋人たちがここで会うこともありました。

 ところがある日のこと、廃墟にだれかが住みついたという話が、みんなの口から口へつたわりました。それは子どもで、どうも女の子らしい、すこしばかりきみょうなかっこうをした子なので、はっきりしたことは言えない、名前はモモとかなんとかいうそうな…こういう話でした。

 モモの見かけはたしかにいささか異様で、清潔で身だしなみをおもんずる人なら、まゆをひそめかねませんでした。背がひくく、かなりやせっぽちで、まだ八つぐらいなのか、それとももう十二ぐらいになるのか、けんとうもつきません。生まれてこのかた一度もくしをとおしたことも、はさみを入れたこともなさそうな、くしゃくしゃにもつれたまっ黒なまき毛をしています。



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