『日本人はどう住まうべきか?』4

<『日本人はどう住まうべきか?』4>
図書館で『日本人はどう住まうべきか?』という本を手にしたのです。
おお 養老さんと隈さんが、ニッポンの住宅を語り合った本ではないか♪
住宅政策や住宅広告の裏まで突き通してばらしてしまうような内容ではないかと、期待するのです。

ところで、隈さんは今年春の褒章があったようですね…おめでとうございます。
とにかく、石川さゆりとともにニュースとなっているので、たいしたもんやでぇ♪


【日本人はどう住まうべきか?】


養老孟司, 隈研吾著、日経BP社、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
都市集中。過疎。自然喪失。高齢化。そして、震災、津波。21世紀、どこに住み、どう生きるのが幸せだろう。
【目次】
第1章 「だましだまし」の知恵/第2章 原理主義に行かない勇気/第3章 「ともだおれ」の思想/第4章 適応力と笑いのワザ/第5章 経済観念という合理性/第6章 参勤交代のスヽメ

<読む前の大使寸評>
おお 養老さんと隈さんが、ニッポンの住宅を語り合った本ではないか♪
住宅政策や住宅広告の裏まで突き通してばらしてしまうような内容ではないかと、期待するのです。

rakuten日本人はどう住まうべきか?



第6章「参勤交代のススメ」の知恵を見てましょう。
p157~160
<「強度」と「絶対」が道を誤まらせる>
養老:防波堤、防潮堤にものすごくお金をかけたでしょう。あれぐらい金をかけるんだったら、もうちょっと気の利いたことが他にもできそうですけどね。

隈:実際は、植林での防波堤みたいな話もありえたわけです。松のように根っこが浅いのはダメだけど、根っこが深い広葉樹系の樹木で防波堤を作れば、波の減衰効果もコンクリートに比べて高くなるんです。その点コンクリートは波をはね返してしまうので、別のところにそのしわ寄せがきて、逆に波を強めちゃうことがあるんですよね。

養老:そうですね。強くなった波によって被害が大きくなったところもありました。

隈:土木屋さんはコンクリートで作りたがるんですよ。それはコンクリートが一番、強度の計算をしやすいからなんです。

養老:「だましだまし」じゃなくて、絶対を求めたがるんですね。それで言うと、僕が今、原発がらみで怖いと思っているのは、原発反対の機運が高まって、専門家や技術者がどんどん減っていくことなんです。その結果、東海村JCOの臨界事故のように、管理がゆるかったゆえの悲劇がまた起こるのが一番怖い。だって原子力発電って、全部やめることになっても30年くらいは撤退のメンテナンスが必要ですから。それだって「だましだまし」やっていく必要がある。

 例えば今、浜岡原発が止まっているけれど、あそこに津波が来たら一巻の終わりでしょう。だから脱原発に舵を切っても、ただちに100%撤退ってありえないんだよね。

隈:養老先生の感触として、代替エネルギーの可能性はあると思われますか。

養老:代替エネルギーを使ったって同じことだろうって、僕は何度も言っているんです。冷静に考えると、結局、石油以上にいいのはないんですよ。だからこそ、人は何でこんなにエネルギーを使うのか、その問題を考えるべきです。その答えも僕流にはあるんですけれど。

<限界集落的な生き方も認めよう>
隈:どういうものでしょうか。

養老:それは人間の意識ですよ。冷暖房を令に取ると、普通、人は寒いから暖かくして、暑いから冷やすんだと考えるわけ。これは機能論と言われますが、でも、本当はそうじゃないんです。人が冷暖房を使う理由をよくよく詰めて考えると、気温一定という秩序を意識が要求しているからなんですよ。要するに、人は暑くても寒くてもエネルギーを使っている。それは気温を一定にしたいから。そういう秩序を求めている。

隈:なるほど。僕の事務所でも1年中、冷房か暖房のスイッチを入れているから「もったいない」って怒っているんですけど。

養老:その秩序を20世紀にどうやって手に入れたかというと、石油という分子をバラバラにして、無秩序を増やしたからです。秩序には、エントロピーという無秩序が付いてきて、それでもってつじつまを合わせています。

 都会で暮らしている人間は、頭で秩序を作り、秩序を要求しますが、それには必ず無秩序が伴うことを自覚した方がいい。そのためには、自分たちが要求しているのは秩序だということに、まず気が付いてもらわないといけない。で、次に、秩序ってそんなに望ましいものなのか、ということを考えてもらわなきゃいけない。

隈:震災復興では、津波対策、原発対策などの他に、コミュニティの復旧というもう一つの課題もありますが、そこにだって秩序の脅迫観念があります。

養老:NHKの番組で岡山の高齢者だけの限界集落を取り上げていたのね。75歳以上の人だけが住んでいる集落が、岡山には720ほどあるそうなんです。

隈:そんなにあるんですか。

養老:そう。それで俺が思うには、限界集落が720もあるということは、そこがいかに住みやすい良い場所か、ということですね。

隈:そうお考えになるんですね。僕も賛成です。

養老:マスコミや周囲は、年寄りばっかりでかわいそうと言うんだけけど、そんなのは勝手な解釈に過ぎないですよ。だって70代のおばあさんが3人で段々畑を作ってさ、それでイモを収穫して子供に送ってやるとか言っているんだよ。限界集落とか言って問題視する前に、どうしてそういう生き方こそ奨励しないのかね、と思って。

隈:それはまさに日本のお年寄りのパワーです。彼らはずっと、「だましだまし」生きてきているわけですからからね。だからコミュニティ再生に関しても、秩序に支配されない方法を大事にした方がいいですよね。

養老:みんな貧乏で、同じように平らに暮しているって、すごく楽だよ。戦後は日本全体がそうだったからね。だから限界集落的な生き方もアリじゃないか、と見直すべきだよ。被災地の避難所でも、避難所の暮らしに馴染んで、そこから動きたくない人が出ていると聞くけど、それも限界集落的で、そこにいれば似たような仲間がいて、今までよりずっとにぎやかでいいという感じもあるんじゃないかな。

隈:限界集落というより、避難所を居心地のいい街として住みこなしている。これこそ、「だましだまし」の都市計画(笑)。日本人はやっぱり、こういうユルさが好きなんですよね。日本人に限らず、たいていの人間は基本的に受け身です。だって能動的に動ける人って、よっぽどヘンな人ですよ、実は。

養老:受け身というのは、何かを受けて、どうリアクションしているか、ということだからね。

隈:それで、人は何かを受けたときにこそ、いろいろな形の問題解決をひねり出していくわけですから。実際、日本ではすでに超高齢化社会にむかっていて、あともう少しすると、日本全体が限界集落です。

養老:だから、別に放っておけばいいんだよ。そこを何でことさらに問題視するのかね。だって今でも高齢者はたくさんいて、それぞれに生きているんだもの。

隈:高齢化社会をネガティブにとらえる意識については、若い人間を社会の中心と考える20世紀アメリカ型の社会システムが、日本にも組み入れられてしまったからです。端的な例が住宅ローンで、若い人間に住宅ローンを組ませて、ずっと働かせ続けて、使い捨てにするような社会システムは、まさしく20世紀アメリカの発明でした。


『日本人はどう住まうべきか?』3:「最貧国」が世界の最先端にp115~119
『日本人はどう住まうべきか?』2:津波はノーマークだった建築業界p12~16
『日本人はどう住まうべきか?』1:家の「私有」から病いが始まるp98~101

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