『タンタンの冒険 その夢と現実』3

<『タンタンの冒険 その夢と現実』3>
図書館で『タンタンの冒険 その夢と現実』という大型本を手にしたのです。
ぱらぱらとめくると、漫画の画面とそのシーンの元になった写真が載っているし・・・
なにより丁寧な解説に好感を持つわけでおます♪


【タンタンの冒険 その夢と現実】

マイクル・ファー著、ムーランサール ジャパン、2002年刊

<商品の説明>より
本書では「タンタン、ソビエトへ」から未完成の最後の物語「タンタンとアルファアート」までの物語を 順に解説しています。 現実世界を想像の世界に取り込んだエルジェのクリエイティビティ、 完璧なものへの彼の追求など、エルジェの創作のすべてを語っています。 慎重なリサーチが もたらす各ストーリーの詳細の正確さは、エルジェの作品の大きな特長です。 実際にエルジェが参考にした資料写真とその反映されたシーンを対比させながら 解説されているので、より深く「タンタンの冒険」の世界を知る事が出来ます。

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくると、漫画の画面とそのシーンの元になった写真が載っているし・・・
なにより丁寧な解説に好感を持つわけでおます♪

amazonタンタンの冒険 その夢と現実



砂漠テーマでもう一つ、「燃える水の国」を、見てみましょう。

<燃える水の国>p126~129
タンタン、アラビアへ帰る! ドイツ人の悪漢ドクター・ミュラー再び現れ、デュポン&デュポンはさらにずっこけ、わんぱく坊主のアブダラーが物語をもつれさせる
 エルジェは未完結を嫌った。ストーリーのアイデアが根づくと、決して忘れなかった。苦労した「ななつの水晶球」と「太陽の神殿」を終えると、棚上げにしてあった企画を有効に生き返らせてみせた。

 その場面は、1939年に第二次大戦が勃発したときエルジェが描き始め、戦時中も続けていたが、ナチによるブリュッセル占領と「20世紀新聞」の閉鎖とともに中断されたままだった。

 1939-40年当時のこの冒険のあらすじは、戦前に描かれた物語と関連があった。ライバル国による石油供給を妨害し、その軍事力を麻痺させようとするドイツ人の陰謀。この作戦にエルジェは「黒い島の秘密」の悪役ドイツ人、ドクター・ミュラーを呼び戻した。彼は何年か前、ニセ札作りでいぎりす経済を破たんさせようとして、タンタンに阻止されたのだった。

 これは、ナチ支配下では不適当な内容だったので、見送られたのだった。その代わりに、新しい発表舞台の「ル・ソワール」紙に、1940年10月から、政治的に問題のない「金のはさみのカニ」を描き始めたのである。そして、デュポン&デュポンが歌を口ずさみながら車を走らせる陽気な場面で始まる「燃える水の国」は、時期が来るまでのあいだ、ほこりをかぶっていた。

 そして1948年、再びドイツの悪人を出すのは、以前に増して政治的に正しい状況となり、「タンタン・マガジン」は次の物語を待ち受けていた。

■巨匠の名演
 「タンタン・マガジン」には、物語を改めて最初から描き直すことにした。すでに1940年に描きだされた「金のはさみのカニ」でハドック船長が登場していたし、ビーカー教授は1943年以来、読者におなじみになっている。さらにビーカー教授の経済的援助でハドック船長が1943年に手に入れたムーランサール城もあった。エルジェは、生まれながらのジャーナリスティックな才覚で、そのすべてを完結したばかりのインカの冒険に活かしていた。
(中略)

 「燃える水の国」の単行本は1950年に刊行された。戦前と戦後の連載でも同じように描かれていた最初の部分は、英語版シリーズの出版であるロンドンのメスェン社の要求で、1971年に全面的に改定されることになった。イギリス統治下ノパレスチアとユダヤ人テロリスト・グループに言及した部分は、改訂版では架空のアラブに設定された。エルジェはこの全面的改定に同意した。

 同様の要求を受けいれた「黒い島の秘密」の場合のように、今度も結果はがっかりさせるものだった。始めの版にあった、同時代の事件をほのめかすことで生みだされた辛らつな批判はなくなってしまった。


『タンタンの冒険 その夢と現実』2:金のはさみのカニ
『タンタンの冒険 その夢と現実』1:青い蓮

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