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zoom RSS 『ねじまき鳥クロニクル・第三部』2

<<   作成日時 : 2019/04/14 14:48   >>

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<『ねじまき鳥クロニクル・第三部』2>
図書館で『ねじまき鳥クロニクル・第三部』という本を、手にしたのです。
これまで第一部、第二部と読んできたのだが・・・
妻のクミコとその兄の綿谷ノボルの動きが読めないというか、謎めいているのです。



【ねじまき鳥クロニクル・第三部】


村上春樹著、新潮社、1995年刊

<「BOOK」データベース>より
奇妙な夏が終わり、井戸は埋められた。そして人々はみんなどこかに去っていった。ねじまき鳥の声ももう聞こえない。僕に残されたのは、頬の深く青いあざと、謎の青年から引き渡された野球のバットだけだ。でも僕はやがて知ることになるー何かが僕を新しい場所に導こうとしていることを。意識と過去の帳の奥に隠されたねじのありかを求めて、地図のない冒険の旅が開始される。そしてその僕の前に、ねじまき鳥の年代記(クロニクル)が、橇の鈴音とともに静かにひもとかれる。完結編。

<読む前の大使寸評>
これまで第一部、第二部と読んできたのだが・・・
妻のクミコとその兄の綿谷ノボルの動きが読めないというか、謎めいているのです。

rakutenねじまき鳥クロニクル・第三部



満州国やノモンハン事件に触れたあたりを、見てみましょう。
p272〜275
<24 羊を数える>
 日本が経済制裁あるいは実質的な封鎖を受けながら、北方で長期的な対ソビエト戦争を戦い抜くためには、日本国内における飼育綿羊の頭数は明らかに不足しており、その結果満蒙地域における安定した羊毛(および兎等の毛皮)の供給、および加工施設の確保が不可欠であると考えられる、とその報告者は述べていた。

 そして状況視察のために昭和7年、建国直後の満州国にわたったのは綿谷ノボルの伯父だった。そのような供給が満州国内で現実的に可能になるまでに、どれほどの期間が必要とされるかを算定するのが彼の任務だった。彼は陸軍大学を出たロジスティクス(兵站学)を専門とする若手テクノクラートであり、それは彼に与えられた初めての本格的な任務だった。彼はその防寒被服の問題を近代兵站のモデルケースとして捉え、徹底的な数字的分析をおこなった。

 綿谷ノボルの伯父は、知人の紹介によって奉天で石原莞爾に会い、差し向かいで一夜飲み明かした。石原は中国大陸を巡ってソビエトとの全面戦争が避けがたいものであること、その戦争完遂のキイが兵站の強化、つまり新生満州国の急速な工業化、自給自足経済の確立にあることを理路整然と、しかし熱っぽく力説した。そして農業牧畜の組織化、効率化については日本からの農業移民の重要性が説かれた。

 石原は満州国を朝鮮や台湾のような日本のあかえあさまな植民地にすべきではなく、アジア国家の新モデルにするべきであるという意見を持っていたが、満州国が究極的には対ソビエト戦のための、ひいては対英米戦のための日本の兵站基地であるという認識においては見事にリアリスティックだった。

 現在の時点で対西欧戦争を遂行する能力のある国はアジアには日本ただひとつしかなく、他の諸国は彼らが西欧諸国から解放されるために日本に協力する義務がある、と彼は信じていた。いずれにせよ当時の帝国陸軍の将官で、石原ほど兵站問題に強い関心を持ち、また造詣の深い人物はいなかった。

 たいていの軍人は兵站そのものを「女々しい」発想として捉え、たとえ整備は足りずとも身を捨てて果敢に戦うことが陛下の軍人の道であり、貧弱な装備と少ない人員で強力な相手に向かい、戦果をおさめることが真の武勲であると考えていた。「兵站の追いつかないほどの速さで」敵を駆逐して前進するのが名誉と見做されていた。優秀なテクノクラートである綿谷ノボルの伯父からすれば、そんな馬鹿げた考えはない。

 兵站の裏付けなしに長期的な戦争を始めるのは自殺行為に等しい。ソビエトはスターリンの集約的な経済五ヵ年計画によって軍備を飛躍的に増大、近代化させている。五年間に及ぶ血なまぐさい第一次世界大戦は、旧世界の価値観を一変させてしまった。二年間駐在武官としてベルリンに暮らした綿谷ノボルの伯父にはそのことが肌身にしみてよくわかっていた。しかし日本のおおかたの軍人たちの意識は、日露戦争の戦勝に酔った当時のままに留まっていた。

 綿谷ノボルの伯父は石原の明晰な論理と世界観、そしてカリスマ的な人間性にすっかり心酔して帰国し、二人の親交は伯父が日本に戻ってからも続いた。伯父は後年、満州から退いて舞鶴の要塞司令官に転任した石原に何度も会いにいったほどだった。伯父の満州国内における綿羊飼育状況、およびその加工施設についての緻密で的確な報告書は、帰国後間もなく本部に提出され高い評価を受けた。
(中略)

 綿谷ノボルの伯父がどのような議員で、政治家として何をしてきたのか僕は知らない。大臣の職も一度経験し、地元では大きな影響力を持っていたらしいが、結局国政レベルの指導者にはなれなかったようだった。そして今、その政治的基盤は甥の綿谷ノボルに引き継がれたわけだ。

ウーム 綿谷ノボルの伯父は村上春樹の創作であるが・・・・
これほど兵站の重要性を主張したテクノクラートは実在しなかったように思うのだが。

『ねじまき鳥クロニクル・第三部』1

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