『サラダ好きのライオン』1

<『サラダ好きのライオン』1>
図書館で『サラダ好きのライオン』という本を、手にしたのです。
この本は雑誌「アンアン」の連載エッセイ「村上ラヂオ」の記事を集めて作っている旨が「まえがき」に述べられています。・・・これでぐっと気楽に読めるのではないかと思うのでおます♪


【サラダ好きのライオン】


村上春樹, 大橋歩著、マガジンハウス、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
男がオムレツを作るとき、どんな風景がいちばんふさわしいでしょう?おたくの猫には、音楽の好き嫌いがあると思いますか?村上春樹さんは占い師として、はたして大成したでしょうか?最新のムラカミ情報満載の「村上ラヂオ」第三作。

<読む前の大使寸評>
この本は雑誌「アンアン」の連載エッセイ「村上ラヂオ」の記事を集めて作っている旨が「まえがき」に述べられています。・・・これでぐっと気楽に読めるのではないかと思うのでおます♪

rakutenサラダ好きのライオン


表紙のライオンの挿絵が載っているあたりを、見てみましょう。
p10~13
<忘れられない、覚えられない>
 こういう連載をしていると、「毎週毎週、書くことがよくありますね。話題がなくて困ることってありません?」としばしば訊かれる。
 僕の場合、話の材料に不自由することはまずない。というのは連載を始める前に、だいたい50個くらいトピックを用意しておくから、そこから「今回はこれでいこう」と適当に選んで文章を書く。もちろん日々の生活の中から、新しい話題は自然と生まれ出てくるわけで、それらをリストに加えていく。だから「はて、今週は何を書けばいいのか」と頭を悩ませた記憶はない。

 ただ「そうだ、これも書かなくちゃな」と新しいトピックを思いつくのは、なぜかベッドに入って眠りに就く前であることが多く、それが僕にとっていささかの問題になっている。

 もちろん思いついたときにちょちょっとメモしておけばいいんだけど、こっちも眠いし(眠れない夜は僕にとって、サラダ好きのライオンくらい珍しい)、枕元に筆記具なんて置いてないし、まあいいやと、そのまま寝てしまう。すると翌朝目が覚めたときには、何を書くつもりでいたのか、すっかり忘れてしまっている。「なんか寝る前に思いついたんだよな」としか覚えていない。

 記憶は柔らかい泥沼の中にすっぽり沈み込んでいる。それがなんだったか思い出すのは三ヵ月後ということもあれば、ついに思い出せず、今でも泥の中に埋もれっぱなし、ということもある。

 よくわからないんだけど、どうしても寝る前に限ってネタを思いつくんでしょうね? エッセイに限らず、「うん、これを小説に書こう」と思ったこともよく消えてしまう。そうやって埋もれていったアイデアを全部集めたら、一冊の独立した本ができるかもしれない。

 フランスの作曲家ベルリオーズは夢の中で交響曲をひとつ作曲した。朝目が覚めたとき、第一楽章を細部までそっくり丸ごと思い出すことができた。会心の作だ、と彼は思った。すごいですねえ、眠っているあいだに作曲ができちゃうんだ。「やったぜ。これは覚えてるうちに書き留めておかなくちゃな」と彼はすぐに机に向かってすらすら楽譜を書き始めた。

 でもそこではっと気がついた。ベルリオーズの奥さんはそのとき大病を患っていて、治療に多額のお金が必要だった。雑誌に評論を書いて原稿料を稼がなくてはならない。交響曲なんか書き出したら、完成までにずいぶん時間がかあるし、その期間ほかの仕事ができない。薬代も払えない。

 だから彼は、泣く泣くその交響曲を忘れてしまおうとしたのだが、メロディーはしつこく脳裏を去らなかった。それでも心を鬼にして、懸命に記憶を消そうと努めた。そしてある日、その音楽はついに彼のもとを去っていった・・・という話だ。残念ですね。そのようにしてベルリオーズの(たぶん)傑作がひとつ音楽史から永遠に消えてしまった。

 そう考えると、僕みたいに覚えていようと思いつつ、ついぽかっと忘れちゃう方が、忘れられないものを無理やり忘れるよりも、精神衛生的に見ればむしろ害がないのかもしれない。だから片端からどんどん忘れちゃっていいというものでも、もちろんないんだけど。



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